イメージ 1京都大学名誉教授の森毅さんが7月24日に肺血症性ショックで亡くなられました。享年82歳でした。
専門の数学の専攻は、「関数空間の解析の位相的研究」だそうですが、数学者としてよりも数学教養書や人生論の著者として、また各種メディアでのコメンテーターとして活躍されていました。
森毅さんの座右の銘は聞いたことがありません。
あの飄々とした物腰と言い回しからみて常に変幻自在であり、一方的な、偏った価値観を嫌っておられた様子からそのような固定した言葉はお持ちではなかったと思われます。
しかしながら名言(迷言)として取り上げられたセリフは枚挙に暇がない位数多くあります。
代表的なものを次にあげてみましょう。
「いいことには、必ず悪いことがくっついてくる」
「傷つけないやさしさなんて 偽物じゃないやろか」
「集団にいると「安心」はできるが「安全」ではない」
「賢(かしこ)に教わるぐらいアホでもできるわ。アホから教わるのがほんまの賢や」
「ひとりで渡ればこわくない」
「 学びは人間関係の中に成立する。」 
「学力低下が社会問題になってますが、本当に大事なのは、学力がなくとも 何とかする力をいかに育てるかです」  
「ムリやムダを省いて答えを出そうという、効率主義の教育ではだめ。」
「分からんことを楽しむのも、立派な能力です。」.
「おじさん度というのは「誰でもこうするものだ」とか「みんなこうしてきたのだ」とかの言葉を、日常にどれだけ口にするかで計られる。」

森毅さんは、書いた論文数が2~3程度しかないとか博士号を持っていなかったとか普通の大学教授らしからぬ風聞があったものですが、いわゆる数学の学者というタイプではなくて教養部の数学の先生で「数学教育協議会」で活動されていた教育者でありました。

数学のノーベル賞といわれる「国際数学者会議フィールズ賞」を受賞された3人の方々(1954年の小平邦彦さん、1970年の広中平祐さん、1990年の森重文さん)や文化勲章受章の方々(岡潔さんや小平、広中さん)が世界的に著名な日本の数学者として知られています。
数学者には学者という本分以外に、各種教育機関での数学の教授・指導や教科書編纂及び指導書の作成といった教育者としての役割があります。
数学の世界から平和活動に飛び込んで活躍している秋葉忠利広島市長のような珍しいケースもあります。
上記の「フィールズ賞」受賞テーマが、小平邦彦さんが「調和積分論、二次元代数多様体(代数曲面)の分類」、広中平祐さんが「標数0の体上の代数多様体の特異点の解消および解析多様体の特異点の解消」、森重文さんが「三次元代数多様体の極小モデルの存在証明」ということですが、何のことやらさっぱりで理解を超越した世界です。
これに対して森毅さんの一連の「○○数学のすすめ」は数学嫌い、数学苦手の学生に安心感を与えた効果があったようです。小生はどれも読んだことがないので内容紹介が出来ませんが、
○○に該当するのが「ものぐさ」「居直り」「チャランポラン」「気まぐれ」「はみだし」「逆説っぽく」「ムダっぽく」「しなやか」「面白ゆるやか」「ほんにゃら」というタイトルですから数学に近づきやすくなっています。
森毅さんは数学の啓蒙よりも上記の〇〇をキーワードにした時事評論のコメンテーターとして各種メディアに登場していたように思われます。
数学の世界を飛び出した森毅さんが、アウトサイダーとしての変化球評論家ならば、同じ数学者でお茶の水女子大学名誉教授の藤原正彦さんは「国家の品格」がミリオンセラーとなり、その年の新語・流行語大賞も受賞するという直球勝負の評論家といえるでしょう。

自分の領域も大事にしながら、その経験を他の分野にも反映して主張できるということは素晴らしいことであります。
ただ独り住まいをされていた森毅さんが、昨年冬に卵料理中に炎が衣服に着火して大火傷をされて、これがこのたびの死去された遠因となったことを思えば、「老人男性の老後」については何れひとごとでなくなるなと感じた「あらせぶの私」でした。
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