『宗教的恋愛感情が、ここまで人を変えるなんて思わなかった。
それまでの恋愛で束縛を知らなかった彼女が居心地の良さを憶えたのは、病気と宗教をバックグラウンドに持つ男だった。喘息持ちで薬が手放せない彼に、彼女は「自分が傍に居てあげなければならない」という使命感に駆られた。でも何よりの強さは、彼が自分を「決め付けてくれること」にあった。以前付き合った男たちは「お前の好きに決めていいよ」というばかり。はっきりしない態度に苛立ちさえ覚えていた。しかし、今の彼は違う。自由な自分を明確に定義し、諭すように物事を語る。言葉は暴力的な感じが多いものの、時に見せる優しさに全てを許してしまえた。「会いたい」と言われれば飛んで行くし、「お前なんか要らない」と言われれば、崖から身を投げてしまえる程だった。
我の強い彼女が、なぜここまでのめり込まなければならなかったのか?一つ目の理由に、空き巣に入られたことがあった。泥棒に入られたという事実は、「物を盗られた」怒りよりも「自分の家を誰か知らない人が見ていた」恐怖の方を強く駆り立てた。だから、心に出来た隙は、何か埋めるものを求めた。そのとき居たのが、彼だったのである。しかし空いた穴は、彼の存在で自然治癒したのではなく、彼自体が浸潤してゆくことで傷口を埋めたのだった。そう、ただ塞いだだけ。傷は、少しも治ってなんかいなかった。だから彼女は彼の存在なくして生きてはいけなくなったのである。
しかし、彼以外に自分の体になかったものがもうひとつ入り込んでしまっていた。それは絶対的精神の存在。彼はある宗教の元で育っていた。自分では信じていないつもりだったが、幼い頃に刷り込まれた物は、無意識のうちに存在していたのである。さらに「俺は一度死んだ人間だ」病気がちで医者の欠かせない彼は、時々この言葉を口にした。死を身近に感じ、(本人は無宗教だと言っているが、親の影響はどこかにあるわけで)宗教によって確固たる神を背後に持つゆえ、あたかも自らが絶対的であるかのように断言的な物言いをする。これが彼女をさまざまな部分で束縛をし始めたのだった。
彼女の意識が彼に反発しようとする。けんかもする。しかし、本心はそれを許さない。彼に罵声を浴びせられると、自分が悪いんじゃないかと思ってしまう。そして悪いところを直せない自分を、自虐的行為でわからせようとしてしまう。壁に何度も頭をぶつけ、出来ない自分を嘆くこともあった。彼の重荷になってしまうから、いっそのこと居なくなってしまおうかと想像さえした。そして、彼のためなら「破滅してもいい」と決意したのである。
そう、彼女は彼を崇拝するほどに想ってしまったのだ。』
「何だこれは?」と思ったでしょう。私の友人のことです。彼女は私に相談をしてきました。
「彼と別れたいけれど、別れた後の人生が見えない。もう一生傍にいたい」
「彼が望むなら、死んでもいい。今の幸せをなくしたくないから」
彼女の言動には明らかに矛盾が見られました。けんかばかりしているから別れたいと思うのに、彼と居るのが一番楽で、これ以上の幸せを得ることはないと思うと離れられない、と。彼女は彼と離れたいんじゃありません。彼が時々「お前には興味ない」と言うから、要らない人間なんだと思い込んでいるだけです。彼女意思は、そこにはないんです。これは以前の彼氏と別れたときの話からも言えることです。彼女の元彼は、頭も心も大人な人でした。1年以上付き合っただけに、元彼にはなかなか別れ話を切り出せないで迷っていたのです。彼は周りの友人からは評価も高く、誰に相談しても「別れるな」といわれていたらしいのです。しかし、ある日突然「別れた」と私に報告して来ました。そして言ったのです、「新しい彼氏も出来た。というか、あいつはとっくに私と付き合ってると思っていたらしい。」彼女自身が別れの言葉を言ったのでありません。彼女の裏に居た「彼」が、元彼との中を引き裂かせたのです。ただ、これは空き巣い入られる前の話ですから、彼はじわじわと彼女を侵していたのかもしれません。
私は、今の彼氏とは別れるべきだと言っています。恥ずかしながら、声を荒げてけんかごしで、何度も言いました。でも「うん。考える」というだけでした。時間も迫って来た時、駅の改札を通りながら彼女は言いました。
「今日話はしてみるつもり。別れたら連絡するから」
「うん、気をつけてね。また会おうね。」私は言いました。
改札を過ぎたところで、彼女は再び言いました。
「じゃあ、今度遊びに来てね。あいつ、紹介するからさ!」
私の顔から血の気が引いたのは、言うまでもありません。
それまでの恋愛で束縛を知らなかった彼女が居心地の良さを憶えたのは、病気と宗教をバックグラウンドに持つ男だった。喘息持ちで薬が手放せない彼に、彼女は「自分が傍に居てあげなければならない」という使命感に駆られた。でも何よりの強さは、彼が自分を「決め付けてくれること」にあった。以前付き合った男たちは「お前の好きに決めていいよ」というばかり。はっきりしない態度に苛立ちさえ覚えていた。しかし、今の彼は違う。自由な自分を明確に定義し、諭すように物事を語る。言葉は暴力的な感じが多いものの、時に見せる優しさに全てを許してしまえた。「会いたい」と言われれば飛んで行くし、「お前なんか要らない」と言われれば、崖から身を投げてしまえる程だった。
我の強い彼女が、なぜここまでのめり込まなければならなかったのか?一つ目の理由に、空き巣に入られたことがあった。泥棒に入られたという事実は、「物を盗られた」怒りよりも「自分の家を誰か知らない人が見ていた」恐怖の方を強く駆り立てた。だから、心に出来た隙は、何か埋めるものを求めた。そのとき居たのが、彼だったのである。しかし空いた穴は、彼の存在で自然治癒したのではなく、彼自体が浸潤してゆくことで傷口を埋めたのだった。そう、ただ塞いだだけ。傷は、少しも治ってなんかいなかった。だから彼女は彼の存在なくして生きてはいけなくなったのである。
しかし、彼以外に自分の体になかったものがもうひとつ入り込んでしまっていた。それは絶対的精神の存在。彼はある宗教の元で育っていた。自分では信じていないつもりだったが、幼い頃に刷り込まれた物は、無意識のうちに存在していたのである。さらに「俺は一度死んだ人間だ」病気がちで医者の欠かせない彼は、時々この言葉を口にした。死を身近に感じ、(本人は無宗教だと言っているが、親の影響はどこかにあるわけで)宗教によって確固たる神を背後に持つゆえ、あたかも自らが絶対的であるかのように断言的な物言いをする。これが彼女をさまざまな部分で束縛をし始めたのだった。
彼女の意識が彼に反発しようとする。けんかもする。しかし、本心はそれを許さない。彼に罵声を浴びせられると、自分が悪いんじゃないかと思ってしまう。そして悪いところを直せない自分を、自虐的行為でわからせようとしてしまう。壁に何度も頭をぶつけ、出来ない自分を嘆くこともあった。彼の重荷になってしまうから、いっそのこと居なくなってしまおうかと想像さえした。そして、彼のためなら「破滅してもいい」と決意したのである。
そう、彼女は彼を崇拝するほどに想ってしまったのだ。』
「何だこれは?」と思ったでしょう。私の友人のことです。彼女は私に相談をしてきました。
「彼と別れたいけれど、別れた後の人生が見えない。もう一生傍にいたい」
「彼が望むなら、死んでもいい。今の幸せをなくしたくないから」
彼女の言動には明らかに矛盾が見られました。けんかばかりしているから別れたいと思うのに、彼と居るのが一番楽で、これ以上の幸せを得ることはないと思うと離れられない、と。彼女は彼と離れたいんじゃありません。彼が時々「お前には興味ない」と言うから、要らない人間なんだと思い込んでいるだけです。彼女意思は、そこにはないんです。これは以前の彼氏と別れたときの話からも言えることです。彼女の元彼は、頭も心も大人な人でした。1年以上付き合っただけに、元彼にはなかなか別れ話を切り出せないで迷っていたのです。彼は周りの友人からは評価も高く、誰に相談しても「別れるな」といわれていたらしいのです。しかし、ある日突然「別れた」と私に報告して来ました。そして言ったのです、「新しい彼氏も出来た。というか、あいつはとっくに私と付き合ってると思っていたらしい。」彼女自身が別れの言葉を言ったのでありません。彼女の裏に居た「彼」が、元彼との中を引き裂かせたのです。ただ、これは空き巣い入られる前の話ですから、彼はじわじわと彼女を侵していたのかもしれません。
私は、今の彼氏とは別れるべきだと言っています。恥ずかしながら、声を荒げてけんかごしで、何度も言いました。でも「うん。考える」というだけでした。時間も迫って来た時、駅の改札を通りながら彼女は言いました。
「今日話はしてみるつもり。別れたら連絡するから」
「うん、気をつけてね。また会おうね。」私は言いました。
改札を過ぎたところで、彼女は再び言いました。
「じゃあ、今度遊びに来てね。あいつ、紹介するからさ!」
私の顔から血の気が引いたのは、言うまでもありません。