私が愚かになったのは、子供の時の影響が大きいと思う。
母は長女である姉をしっかり育てたいという理由から塾に行かせ水泳、習字、自宅学習で付きっ切りであった。しかし私は小学校二年生になるまで時計が読めなかったほど放置だった。
姉の水泳を見るだけ、姉の習字を習っている横でペン字をお情けで習う。母の中で姉を完璧に育てないといけないというのがあったらしく、愛情はもらっていたが母の目線は常に姉に向かっていた。姉は完璧さを求められていたが、自分は関係ないとその時からハートが強かった。
母の目線を向けたかった。小学校四年生の時に家出をした。近所に住んでいる仲のいい女の子と一緒にだ。通帳とお年玉をもって。通帳だけで下せないのを知らなかったので、貯金に50万ほどは入っていたので、何日か持つと思っていた。
その時家に帰るつもりはなかった。友人の女の子を帰らせて私は死ぬつもりだった。
家出の前日母を思い、父を思い、少しだけ姉を思い泣きじゃくった。私は4年生にもなって母と一緒の布団で寝てたので、声を上げずこんな娘で申し訳ない、不出来な娘だから母は私を見てくれないのだと泣いた。
ただただこの家族に生まれて申し訳なかった。
家出は日付を変わってすぐ警察に補導され両親が迎えに来た。その際、泣きじゃくったが何の涙だったが覚えていない。
次の日学校へ行くと、連絡網が回ったためクラス中全員んが知っていた。ある男子が気を使ってくれて「みんなー」とさけんだ。おそらくその続きはそっとしといてやろうだったと思うが、私は「ほっといて」と泣きじゃくった。愚かさここに極まるである。今でもその光景をぼんやりと思い出すそんなことをしてしまって申し訳なく、自分が恥ずかしく。結局謝ることなく別々の進路になった。許されるなら今でも謝りたいと思う。
私たちは母にも、先生にもすべて話した。どうして家出したのかを。友人が家出した理由も母に兄と比べられることに辟易したからだ。
後日、友人と私は隔離され、母たちと先生で話し合った。私と友人はこっそりその光景を見に行った。はっきりと覚えているのが、 先生は、「友人ちゃんのほうがつらい思いをしたんですね。」といったことだ。先生は私のことを何も言っていいないのだが、私は湾曲して私のつらさは、全然つらくないんだ。私という人間がいかにちっぱけで、この家出は私がただ盛り上がって自滅したのだと恥ずかしかった。
今でも家出の話はタブーである。
私はそこまでクラスの中心にいたが、家出したため皆遠巻きに私を見るようになった。また自分の存在価値を知った。あまりにもちっぽけで私がいてもいなくても世界が回ることをこの時初めて知った。