皆さん、こんにちは![]()
自粛が続く中、いかがお過ごしでしょうか。
新出漢字が学校で出た時、
「単元ごとのテストは点数が採れるのに、
まとめになると全く取れないのはなぜか」
と言うことについて、
もうずいぶん前から考えています。
特に海外在住の場合、
これが顕著に表れる現象ではないかと思いますが、
主な要因は、
「海外では、日常生活の中で、視覚的に情報が入ってこないからではないか」
と思っていて、
研究したことはありませんが、
恐らくこれは、割と当たっているのではないかと思います。
最近、娘が、ついに学年相応の児童文学を
読めるようになりました![]()
子供用の文学ものの本は、
ふりがなが振ってあるものが多いのですが、
漢字の応用もしたかったので、
娘用に「なるべく漢字のふりがなのない」本を
探していました。
その最中に、あることに気づきました。
「振り仮名のない、児童向けの本は(ほぼ)ない」
ということと、
唯一、入手できるものでふりがなのない本、
それが、
「教科書だ」ということ!
教科書は勿論、
暗記したり、綺麗な日本語を身につけるのに役に立ちますが、
特に海外で日本語を学ぶ場合に、
「音読は良いですよ!」
という定説に、なぜか少し腑に落ちない部分があったのですが、、
なんだかすごく、納得出来ました。
(勿論、これだけで全てが解決するという訳ではありませんけどね
)
本を作られている方々、教科書を編集される方々にとっては
当然のことなのかもしれませんが、
それは意外と、知られていない(当たり前すぎて気づかない)
事実のような気がします。
そして、小学校高学年以上からの本離れ、
この辺りにも原因が隠れている気がします。
私の解釈で恐縮ですが、
本には
①「綺麗な文章を身につける」と言うこと以外に、
② 語彙を増やす機能
を担っていて、
教科書は
① (本と同じく)きれいな文章に触れ、身につける。
と言うこと以外に、
② 漢字を使いこなし、その意味も習得するための教材
という側面があるのでは、ないでしょうか![]()
そうなると、
音読は本当に大切ですし、
なるべく、ふりがなも振らない方が
良さそうですね![]()
ちなみに我が家では、
子どもが1年生の頃から、
分からない漢字があっても
教科書にはふりがなは振らず、
「どうしても」と言う時には、
教科書の下に、ちょこっとだけ
メモすることにしていました。
5年生になった今、
その「ちょこっと」も、
必要がなくなってきました![]()
教科書の使い方について、
もう少し考えてみようと思います。

