それから、パーカーのお兄さんも会計を済ませ、バーを出て行った。

残ったのは私と、スーツの若い男性のみ。

 

「お姉さん、ありがとうございました。名前は?」

 

「歌楓(かえで)です。」

 

「かえでちゃんか、普段何してる?」

 

「会社員ですよ。」

 

と他愛もない会話をしていた。

聞くと、実はあの40代くらいの男性のスーツは、お騒がせ女性の会社の社長だったらしい。

そこの、採用だったり広告だったりを請け負っているのが、お兄さんの会社らしい。

今日は接待でここに連れてきた、ということだった。

そして、このお兄さんは店長さんとは同級生でかなり仲がいいようだった。

お兄さんが店長さんと話し込みだしたので、私は滝さんとなんとなく飲んでいた。

すると店長さんがおもむろにさっきのお騒がせ女性の話をしだした。

 

「あの女の人、もうこの店には来れないだろうね。」

 

「俺の予想なんですけど、たぶんお兄さんのこと好きでしたよね。あの女性。」

 

滝さんが会話に参加した。私もそう思う。あんなに恥ずかしい思いをしたんだから、もうここに来ることはないだろう。でも女性がお兄さんのことが好きだと思うと言った、滝さんの発言で私はハッとした。あー、だからか。スーツのお兄さんがトイレのドアの前に立って、声をかけると途端に激しく泣き出したことを思い出した。でも、それだけじゃ決定打にはならない。何か見逃していたものがあったか?と探偵風に推理wしながら心の中で一人楽しんでいた。

たしかに女性は社長とお兄さんに挟まれて座っており、お兄さんの方に足を組んでいた。携帯はお兄さんの方に、グラスも同様に。ボディータッチまでは見てなかったが、女性が帰った後の椅子が、お兄さんの方にやけに近かったことを思い出した。

すると答えはさっと現れた。

 

「うん、そうなんだよね。たぶん。っていうか、絶対。」

 

お兄さんが、ため息交じりに話し出した。先方の会社の担当が彼女らしく、いろいろ話す機会は必然と多かったという。個人的にもlineを交換していたらしい。もちろん、仕事の打ち合わせ用だと話していたけれど。それから、ご飯に何回も誘われていたという話だった。接待だと、社長や、そのほかの役職付きだったり2人でというのはなかったという。お兄さんは結婚もしている手前2人ではと断っていたのだが、この女性実はとんでもない女性だった。「結婚しててもわたしはいいよ。うまいことやるよ。」って前に言われたらしい。おい、それってお互いが好きな場合に言う不倫の決定打のセリフやし。するとお兄さんは、まったくといっていいほど、その女性には気がないらしい。仕事上うまく付き合っていかなくてはと思うが、それ以上もそれ以下もなく、少々変わっている(あんなセリフ行っちゃうくらい)女性にはやはり異性としての興味はでなかったらしい。それは、同性の私でもわかる。

 

「明日、先方に言ってフォローしなきゃだめかな?めんどくせー!かえでちゃん、俺と仕事変わろw」

 

「いやですよw頑張ってくださいwでも好きな人の前であんな恥ずかしいことになって、合わせる顔なんてないんじゃないですかね?」

 

「そこをうまくやるのが、俺でしょうが!昨日なんか失礼なことなかったですか?あんまり覚えてなくて。。。ってとぼけて何も覚えてませんってことにするんだよ。」

 

「あー、なるほど!」

 

これは勉強になった。なるほどなと本当に思った。そうやって今後顔を合わせずらくならないようにするのか。ふむふむ。

なんだかんだ、お兄さんは愚痴をこぼして、会計を済ませ、バーから出て行った。

 

「みんな大変だね。俺もトイレ掃除疲れたけど。」

 

「お疲れ様でした。大変でしたね。」

 

「でも本当にありがとね。かえでちゃんだけになっちゃった。やっぱ暇だなー。

次は何飲む?」

 

「うーん、レモン系の酸っぱいやつください。」

 

「わかった。待ってて。」

 

滝さんがお酒を作りに行った。そして、お兄さんを送りに行っていた店長さんが戻ってきた。私も2人にお酒を飲んでもらおうかと思っていたら、次のお客様が来店した。

 

「どうも。久しぶりだね。」

 

その男性はドアの前で軽く手を挙げて中に入ってきた。またもや40代くらいの男性。でも私はここで空気が変わったことを察知した。

 

「あー、たかしさん!お久しぶりです。最近どうですか?」

 

カウンターでうだうだしていた店長さんもシャキッとして、たかしさんと呼ばれた男性を迎えた。私と目が合い、私は少し口角を挙げて会釈した。会ったこともない人だけど、なんかきっと上に立ってる人なんだっと思った。オーラ?いや、雰囲気。優しいそうだけど、人の本当のところを見抜いてしまいそうなその目つき、うちの係長と一緒。苦手なタイプ。

一瞬帰ろうかと思ったが、電車はまだ動いていない。うーん。

 

「あれ?お嬢さんは?名前。」

 

お嬢さんって年でもなくなってきてしまっているような、違和感を感じながら答えた。

 

「はじめまして。かえでです。」

 

ちょっとなんか大人ぶりたくて、大人っぽい口調で言ってしまった。今思うと少し恥ずかしいが、背伸びしたくなってしまう一人の夜だった。

 

「かえでちゃん、たかしさんの隣に来れば?」

 

店長さんのお誘いだったが、一瞬迷った。このまま飲んで帰りたいと思ってしまった。

 

「じゃあ、カウンターのなかいきなよ。そしたらいくらでもおごってあげる。」

 

久々の接客スタイルw久しぶりにやってやろーじゃないか!

余計な昔の血が騒ぎ、カウンターの中にお邪魔した。

元キャバ嬢の腕の見せ所だった。

 

「かえでちゃんは、何飲む?」

 

たきさんにお酒を作りなおしてもらって、たかしさんの席で、店長さん、たきさん、たかしさん、私で乾杯をした。幕は上がった!!!!!w

とはいっても、他愛もない話をなんとなく合わせて話していただけ。自分のバックもなければ、売り上げにもならないし、指名にもならない。まー、当たり前なことだけど、これでは燃えない。まあ、それもそうかw

 

そして時刻は閉店を迎えた。たかしさんも帰り、私も帰ろうかと思った。そしたら、朝ごはん行こうと店長さんに誘われ、3人で24時間やっている居酒屋へ。なんか疲れたねーと3人で話しながら適当に魚をつまんでいた。

 

朝ごはんをごちそうになって、駅までたきさんが送ってくれた。

 

雨は相変わらず、降っていてい、朝のラッシュがやってきていた。駅でたきさんと別れ、そっと交換したLINEで連絡を取った。

本当はさみしくて帰りたくなかった。そんなこと素直に言えるタイプではない。

また今度飲一緒に飲もうというようなLINEをした。