母の大病発覚後、私の生活が一変して
負の感情を「無」にすることで
いかに母の為に
行動できるかを考えていた毎日。
感情を感じると疲れる。

ただ、最後の方は限界がきてたので、
1ヶ月に一回キレまくってたり
(特に父と兄に)
母にもガンに効く自宅で出来る良い習慣を
なぜやらないのかと責めた事もありました。

幸か不幸か人事異動の配属先が
年末年始以外営業しているシフト制の部署
代替治療の通院の付添を父と交代で行けた事
そして、人事異動3か月後の
母が「亡くなる1ヶ月前」の入院の付添も
当時の上司が「年休で対応して良いよ」
と言っていただき、
当時の同僚に迷惑をかけつつも
2012年2月 最後まで
母と一緒にいることができました。

後から聞いたのが、
人事異動後の3ヶ月間、私を見てた先輩は
「いつか倒れやしないか?」と
心配してたそう。意外に体力はあったみたい

その後のもろもろの諸手続きを終え、
通常生活に戻った私。

ココから人事異動の連鎖にナゼかはまる。

2012年 4月 西濃エリアへ助勤。
2012年12月 最初に人事異動先に戻る。
2013年 4月 中濃エリアへ異動。


1年として同じ場所にいない。
人事異動の一覧に毎回私の名前が載る。

しかも母が亡くなって2か月後の人事異動!
その上、地域によって扱う商品の色が違い、
他社商品の取り扱い実績や
経験が少ない状態で
なぜか、中濃エリアにある店舗の
副店長としての異動。

後々人事にかかわったであろう人に
聞いたところ…

母が亡くなって2か月後の人事異動 なぜ?
→重役A: 知らなかった。
(会葬通知が流れてるので知らないはずはない。
ただ興味ない社員だったから知らなかっただけ)

中濃エリアへ人事異動させたのは なぜ?
→重役A: 自分はその人事には関わってない。
→重役B: 俺じゃない。
(私以外の候補者がいたけど、諸事情で退職。
その退職した先輩が私の事を気遣って
あまりにも異動が多いから
今回の人事異動から外してあげてほしいと
重役Aに言ったと私に話てくれた。
でも関係ないらしい)

中濃エリアの店舗は売上も好調。
全員の仕事ぶりも早く、
個人的にネックとなるコもいて
部署名を聞いただけでビビった。
その上、そこのリーダーとしていくなんて!!

この時の人事を聞いて、
異動をほとんどしていない人や
私よりも経験のある先輩が異動せず
いかに自分がその場に根付いてなく
会社の「駒」として利用されているのか
いかに年功序列で昭和な会社なのかと
考えただけで悔しくて腹がたった。

つづく〜。