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サークカンファレンスが、どうしてだかカトマンズで開催するため(8年に一回とはいえ)大変迷惑をかけられている。
というのもどうしてこの人たちがここに集まらなければならないのか?つまり、インドとパキスタンとアフガニスタンという暴挙のため、セキュリティがネパール史上初の神経をもって護られなければならず、主要道路はいちいち封鎖されるし、車もバイクもナンバーを偶数と奇数でわけて、1日おきしか使えなくするわと、仕事にならな一週間となった。
こんなことはネパールだからできたようなもので、次回からは海のなかの孤島とか人工衛星のなかとか一般の人間がだれもいないところでやるべきである。
国民には何の関心もないし、べつに何かいいことがあるわけでもない。
本当に話し合われるべきことはいくらでもあるのに、そういった有意義な時間がもたれたとはとてもおもえない。

どうなるのだろう?明日は?明後日は?1ヶ月後は?1年後は?10年後は?
未来もなければ希望もない。

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カトマンズの秋も深まり、そろそろシラック(ネパールの綿布団)がほしいくらい朝方が冷え込むようになってきた。
ダサイン・ティハールと手術のためインドにいっていたので、なんだか夏から一気に晩秋になってしまって時間の感覚がおかしい。
今年はなにやかやと忙しすぎたし、いろんなことがありすぎたので、長かったのか短かかったのかわけがわからなくなっている。
まあ、あと2ヶ月で今年も終わる。


愚夫がインドのハイダラバードの病院で大腸全的の手術をうけた。

もともとあの人が潰瘍性大腸炎という病気になったのも、長年の本人の不養生のせいである。
身から出たサビとはいえ、支払う代償は大きかった。
しかし、この病気は大腸を全部切ったら終わりというものではない。人工肛門をつけオストミーバックを付けて、そのメンテナンスとケアは一生続く。

本来は、ジェイポーチといって人口の直腸のかわりをするポーチをつくる手術も一緒にするはずだったのが、手術前に組織検査をうけていたにもかかわらず、お腹を全部切って開けてから肛門のところに肉芽腫?がみつかって、急遽ポーチは造らず人工肛門をつけてその先を閉め、小腸の最後と一部だけ残した直腸をつなぐ手術だけが行われた。

手術後、組織検査の結果はクローン病ではないということらしいが、とりあえずポーチを造るのならあと2回の手術に耐えなけらばならない。(初回にポーチが造設できた場合は後1回ですむのだが)

たしかにお腹の中にポーチを造ってつなげたら人口肛門の必要はなくなるのでそのメンテナンスからは解放されるらしいが、またトイレ通いと食餌制限が始まるだろうし?だったらどうして大腸を全部切り落としたのか意味がない。(癌化の危険性だけは回避できても)

しかし、それよりも何よりも今回問題であったのは術後の院内感染である。
感染症による術後のどす黒い嘔吐、悪寒と発熱。それも真夜中にはじまったのでまるで悪夢のような日々だった。

人工肛門周囲の腫れは大分引いたが、まだ痛みは残る。
肝心の手術を行った病院にオストミーバッグの専門看護師もいない。
腫れと痛みと出血があって、こっちはいい加減パニックをおこしているというのに、外来でいってもロクな対応がないので病院に対する不信感しかなかった。

確かに健康保険もないインドでこんな大手術をうけれる患者は限られているし、大方の患者が高い薬をかって飲む事すらできない状態なのだから、病院に専任の看護師がいないのもいたしかたないといえば、それまでかもしれない。

医療とは治療とはどこまでケアされるべきなのか、現代の日本では問う事もないかもしれないけれど、
インドはまさに今はじまっているのかもしれない。