東洋の星の運命と最新心理学

東洋の星の運命と最新心理学

世の中には、学校では絶対に教えてくれない「風水」に代表される、中国四千年の歴史を誇る、科学があります。この東洋科学を基にした学問は、西洋科学と対立するものなのか?融合するものなのか?

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仕事上のことで「運」について考えることは決して自分に許さなかった。


その話題に触れることを避けてきた。


自分のコントロールが利かない境遇によって、私の仕事の成功の一部――いや大部分、いや実はそのほとんど――が決定されたかもしれないと認めることは、自分の努力を卑下するように感じたからだ。


しかし、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の著作『Thinking Fast and Slow』に書かれてあった次の文に、私は考えさせられた。



「すべての成功例で運は大きな役割を果たす。それはたいてい、わかりやすい小さな変化として表れ、それがなければ特筆すべき実績も平凡な結果に終わらせてしまうかもしれないものだ」


大まかに言って、運とは意図せず、突発的に起こるもので、人が職業上もしくは個人的に恩恵を受けるものだ。


その特別な巡り合わせの勝算が長く続けば続くほど、いかに自分たちが「幸運」だったかと感じる度合いが増える。


行動および応用経営学の専門家らは、この捉えどころのない変数を定量化する数学の公式を開発した。


しかし仕事に関する運について考える際、より直観的な方法があると思う。


私の方法はこれだ。


「幸運の女神がドアを叩いていることに気づく」


まだ仕事を始めて間もない頃、運がキャリアの軌道を大きく変えた。


大学で美術史を専攻した私はニューヨークの大きな銀行で一番底辺のアシスタントの仕事を見つけた。


事務の仕事はおよそ満足のいくものではなかった――ここで運が登場する――が、広い100人もの従業員がいるフロアで私は、後にセサミストリートの製作会社「チルドレンズ・テレビジョン・ワークショップ(CTW、現セサミ・ワークショップ)」へ転職することになる、ある女性の前の席をあてがわれた。


その女性が転職した後、私は彼女に新しい仕事の話を聞こうと電話をかけた。


すると、彼女は「秘書」――70年代にはまだこう呼ばれていた――が必要だと言い、その場で私を雇った(仕事上の幸運を得た最初の瞬間だ)。


銀行でのデスクの位置に関して私にはもちろん何の影響力もなかった。


それに元同僚へ電話をかけることが必然であったほど、やり手な人間でもなかった。


しかしこの2つの偶然が私をCTWへ結びつけ、それが人生で最もやりがいのある仕事の1つになったのだ。


「幸運に備える」


運についてどう考えるかは、コップの水を「半分しかない」と考えるか「半分もある」と考えるかと結びついている。『Thinking Fast and Slow』のなかでカーネマン氏は、いかに仕事上の幸運が発生するかを表わす自身


の公式を以下の通り提示している。


 成功=運+才能


 偉大な成功=あと少しの才能+多くの幸運


しかし、先天的な才能をひとつも持っていない私たち凡人にとっては、私が考える成功の方程式のほうがしっくりくるかもしれない。


 道理に適った成功=幸運+準備


(これを考えたのは私が初めてではない。ベンジャミン・フランクリンは「勤勉は幸運の母である」との名言を残した。さらに1世紀後、ルイ・パスツールは「幸運は常に準備された人にのみ訪れる」と書いた。)


この考えを現実のものとするには、「実践」が必要だ。


私は秘書として信じられないほど懸命に働いた。


だから仕事上の幸運を得た2番目の瞬間が訪れた際、私には準備ができていた。


私を雇った上司がほどなくして解雇され、彼女の仕事の重要な部分を引き受けることができたのだ。


不運に思えることが幸運につながる場合もある


しかし私たちは常に幸運に恵まれるわけではない。


1996年、私の夫は雑誌「ニューヨーク・マガジン」の編集長の職を解かれた。


世間的に見れば最大級の不幸だ。


夫はニューヨークをさまよいながら、次に何をしようかと考えていたところに携帯電話が鳴った。


電話の主は10年も前に会っただけの文芸作品を専門とするエージェントだった。


彼女は夫に、


1)自分が夫の代理人を務めること


2)夫に「傑作」を書くこと


を要求した。


そして夫は42歳にして作家になった。


数年後に最初の小説が出版され、夫はニューヨークの公営ラジオ番組でインタビューを受けるのを待っていた際、掲示板に求人広告が貼ってあるのを見つけた。


全国向けに週1回放送されている芸術と文化に関する番組を制作するのが仕事だった。


この「スタジオ360」という番組を夫はほぼ13年後の今もまだ司会者として続けている。


私の夫は幸運だっただろうか。


幸運だっただろう。


しかし雑誌の仕事を失くした日に彼に同じ質問をしたら、そんな答えは返ってこなかっただろう。


私は幸運だったか。


自分も幸運だったと思う。


もしくは、私は幸運がドアを叩いたときに、そのドアを開けることを知っていただけかもしれない。


読者のみなさんには、キャリアに影響を与えることになった幸運な――もしくは不幸な――瞬間がありましたか?


プライベートな生活ではどうでしたか?


また、不幸についてはどう対処しましたか?

(ウォーストリート・ジャーナル)