何もつけてない食パンが美味しく思えるのって 多分幸せなんだと思う、
そのパン一切れで幸せになれるわけだから
何の贅沢もいらない一切れのパンに 紅茶 其処に噛みしめて
パンの味だけで想いの”旅”してみる
元々パン以外の味がない=白いキャンパスに何か描く思いでイメージする 割と楽しい
まぁ前文読んで 俺はそれより味と満腹がぁ!
其処しか思考が働かないって言うのは まぁ大概物欲主義、
或いは毒されてる
意外とアートや芸術の発想等も
似たか寄ったかしかできない奴って
ロジック的な構造等も略”近似”で比例するので
大抵イマジネーションも発想も他人からの借り物で
発想自体が貧困
食べながら 物欲と思考を切り離せない
逆に アートの中で白いキャンパスに0から何か見出すって言うのは
さっきの前文の”食パンと紅茶”と同じで
其処から自分の望むイメージを作るのと同じで
自分のオリジナルを作れる
それがどんなにささやかでどんなに質素なものでも
自分で作ったというオリジナルが生まれる
一度オリジナルが生まれれば
そのオリジナルから自分のイメージを更に膨らませながら、
自分の盛り付けが可能 木の幹成らずして枝も葉も実もつかない
木の幹あれば枝も葉も伸び花も咲き実も実る
今のアニメ文化もどれも似たようなのって言うのは
結局誰かの借り入れた物でオリジナルじゃないから
話を戻すけど 質素というのはどんなものか
読んで字の如しで
質と素(もと) つまり質と素なのでその字の如く
木の幹であり本質 其処に自分はどんな花を咲かせるのか咲かせたいのか
願うのか実現するのか
それが0から始まる才能になる
能力獲得というのはこういう事だよ
幾ら本を読んでもコアが見えないのは
葉っぱを見て飾りを覚えるだけで 木の幹は見えない
そういう人物が作るアートって気取るものは 例えていうと
建築現場で言えば”足場”に飾りをつけるだけて
「どうです?凄いでしょ!」っていってる様なもので
その足場を取り除くとそこには建築物の基礎さえない
よくテレビドラマの演出や
そのドラマ自体など
薄っぺらなもので深みがないって言うのは皆 中身の基礎さえない
誰かのモノマネに飾りを加えてものだから
馬鹿はそれを"センス”と思い込む
だから軒並み絵の技量は良いが中身がない って言うのはそれが実態