昨日は団地のお掃除の日。
でもゴミなんかあんまりない。
健康で暇な高齢者がいつもお掃除してくれるから。
でも、私からすると
高齢者の皆さんのお掃除はやりすぎだと思ってしまう。
まず、雑草を抜きまくる。
私が蒔いた花のタネから伸びた芽も根こそぎやられました。
雑草というか下草もお役目があるのにね。
そりゃボーボー過ぎたらだめだけど、
そこそこ生えてる雑草を食べている虫達もいる。
草がないせいで、せっかく植えた野菜や花に虫が来てしまう。
雑草の陰で生きている虫の棲家もなくなってしまう。
でも、「きれーになったでしょー」で終わってしまう。
落ち葉もそう。
落ち葉は宝の山!
畑を休ませる間、落ち葉の布団をしっかりかけてあげる。
私はプロ農家じゃないから、そんな適当な庭造り、家庭菜園で十分。
私が夏に刈り取った草を桃の木の下に置いておいたら、その草がすっかり枯れた頃に
近所を縄張りにしてる野良猫が日向ぼっこをする
お気に入りの場所になったようで、天気の良い日はいつもそこで寝ている。
そんなことは前に見ることはなかった。
だけど、やはり元気高齢者は落ち葉はゴミ。
いくらかは取り返したけど
ほとんどゴミ袋に他のゴミと混ぜて捨てられてしまった。
高齢者からしたら、私はゴミを撒き散らす人なんだろうか。
私もこのまま生きていれば高齢者になるわけだけど、花壇に足を入れて芽が出ている球根を踏み潰すような無神経な高齢者にはなりたくないなあ。
こんな小さなことでも他人とは相容れないんだから、国境をなくせとか、多文化共生なんて絵に描いた餅だよね。
多文化共生、ダイバーシティって
本当にみんなわかっていってるのかな?
私は日本の社会がそうなっていって欲しいと思ってるけど、それはちゃんと面倒くさいことも引き受ける覚悟があるからだ。
でも前向きに移民を受け入れるべきとか言ってる人も、価値観文化背景の異なる人達と同じ社会で暮らすことが本当にどんなに面倒で大変なことかわかってないと思う。
普通に日本で暮らしてたら、そこまでの文化摩擦の経験は持てないだろうから。
だから一番分かりやすいのは
あなたの苦手なお姑さんが、隣に越してきた感じとでも表現するのがいいのかもしれない。
残念ながら
そろそろ移民にも選ばれない国になりつつあるようだけど、移民なくしてはやっていけない国にもなっているわけで
移民をゴミにするのも宝にするのも
実は私たち次第なんだよね。
今日も朝からおじいちゃんが
うちのベランダの下でなんかやってる。
私もああなるのか…😅
