なんとなく歴史ずき -83ページ目
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京都の大文字焼き

テレビを何気なく見ていると、ちょうどニュースで京都の大文字焼き(五山の送り火)が映っていた。

大阪在住の私は、電車に乗ってよく京都に行くものの京都の祭り自体は実際に見たことが無いことに気が付いた。

大文字焼き


かなり勇壮的な感じがする。5つの山にそれぞれ「大文字」「左大文字」「船形」「鳥居形」「妙法」の形に火をともすので、五山の送り火とも言われているそうです。

今日は各地で記録的な厚さだったようだが、私の住んでいる大阪でも38度を6年ぶりに上まり、炎暑だそうです。字を見るからに暑そう。エアコンの効いた部屋でブログを更新している私っていったいシラー

残念ながら、明日は仕事だが土日はまた休み。土曜日にでも、カメラ片手に京都にでも行ってこよう。

2ヶ月ほど前に祇園・先斗町界隈を行ったが、昔に比べかなり敷居が低くなったのか、ゆか床など私の給料でも

手が届くほどお安くなっていた。 ↓先斗町界隈の風景

先斗町

大阪人がゆうのもなんですが、お越しやス京都へ! 是非。グッド!

念願の四国初上陸2日目

8月12日 AM8:00起床。もちろん「こんぴらさん」付近のコンビニの駐車場、ノア号の中である。

「こんぴらさん」HP→http://www.konpira.or.jp/

前日は22:30に就寝したせいか、目覚めはバッチリ!エアコンを利かせすぎたのか若干の鼻声だった。

コンビニでそそくさと朝食を買い、さぁ~「こんぴらさん」へ、5分たらずで到着。これも車中泊の醍醐味である。

駐車場は朝が早いせいか、ガラガラしかも参道ふもとの土産屋の駐車場(ももや)さん。

帰りに、2000円以上お土産を買うと「タダ」である。ラッキーだった。

「ももや」さんで、杖とうちわを借り出発。参道には「うどんや」さんや土産物屋さんが軒を並べ

ここで、朝ご飯「うどん」でもよかったと少し後悔をしたが、1368段の階段は1段もまだ登っていなかった。

それを考えると正解だったのかもしれい。しかし中野うどん学校は心残りであった。

そしてやっと昇り始め、階段も365段目にして大門が現れた下の写真である。

こんぴらさん1

思わず、到着と思ってしまったが甘かった。写真にも写っているが刀の展示場などもありなかなかいい雰囲気である。そしてここでも狛犬を激写してしまった。

こんぴら狛犬

こんぴらさんの狛犬は石の風化も激しく、ところどころ損傷が見受けられた。

それだけの歴史があるのだろうか。 狛犬といえば神社にはつきもので

左右必ず2体が立ち並び、片方はの口元は大きく開けられ、もう片方は一文字に閉じられている。

私の聞いた話では世の中の事を「あ」~「ん」までお見通しと聞いたことがある。

定かではないので、知っている方がいれば是非教えて頂けないでしょうか

 

そしてこの門をくぐると少し平らな参道が開け、桜の馬場と呼ばれている所に出る。 

そして参道内で唯一商売を許されている飴屋がある。

参道の左右に大きな日傘をたて、加美代飴を販売してる。その人達を「五人百姓」と呼び、古くからこんぴらさんに奉仕する家筋だそうで、それで特別 に商売を許されているそうです。↓


五人百姓


この先の鳥居をくぐると、桜の並木が続き春はかなり綺麗だそうです。残念ながら今回は桜はお預けとなってしまった。この時点で約400段、少しバテ気味である。普段の運動不足が悔やまれる一瞬。ビリーのブートキャンプも除隊した私には、更なる地獄の階段が待ち受けるのでった。ドクロ
そして気合でのぼりこと629段目に中間地点に聳え立つ旭社(あさひやしろ)に到着。

前日の栗林公園では、カメラの写真シャッターを押しまくっていたが、ここへきて写真の枚数も激減してきたように、思われる。それでも気合でとった一枚がこれである↓ 旭社

旭社


見れば見るほどに屋根の裏の細工など、神社・仏閣などにいくといつも思うのだが、どうしたらこんなに細かい細工を施す事ができるのかが不思議である。宮大工はすごいと感心する瞬間である。一体どれだけの時間と労力そしてどれほどの資金が投入されたのだろうか!?下世話な私はすぐにこんなバチ当たりこと想像してしまいう。

お賽銭といってもせいぜい100円ほどの私。数年前に北野天満宮に初詣に行った際に、隣のオヤジが1万円を

入れているではないか!!目 きっととんでもない商売をしているに違いない!!サラリーマンの私には考えられない金額である。それにしてもお正月は年に1回。お寺みたいに檀家の人たちがいるのだろうか?謎は続く。

この写真を撮ったあとは10分ほど休憩をして、こんぴらさんの本宮へ時刻は9時すぎにも関わらず、もう汗ダクであったガーン  きっと真昼間なら汗かきの私はとうに断念をしていたのであろうが・・・

どうにかこうにか、本宮へ到着。ここに来て、前日の八栗寺にて凶のおみくじを引き当てた相方さんが

リベンジといわんばかりに、おみくじ売り場へ。 その内容とは、相方さんの顔は満面の笑みであるニコニコ音譜

そう「大吉」である。人生初の大吉だそうで、テンション高い高い!!グッド!グッジョブ!しかし2日つづけておみくじ。

これは反則ではなかろうか!?しかも前日は「凶」。足して2で割ると「吉」ぐらいになるのでは・・・・・

これは相方さんに内緒の話である。

そして「こんぴらさん」から琴平の市内を一望↓本当に田舎だった。

こんぴらさん本宮↓ なんとも屋根の形が抜群でした。合格


さらに階段が続くドクロ 白峰神社・奥社へと続く階段であった。ごめんなさい。暗黙の了解のもと、下山することに

ラブラブ!こんな気分であった。少し後ろ髪を引かれながら帰る気満々でした。

参道を降りていくさなか、突如こんなものが出現した。 なんだこれは!!? まったく関係無い!!はてなマーク



又もや、「なんだこれ?」! 一瞬、桜? 船のスクリュー?全く関係無い!なぜこんなものが神社に!?

たて看板を見ると、造船会社の社長が病気の「ためこんぴらさん」へお参り。その甲斐あって病気が治ったらしく

そのお礼参りへと、その際このスクリューが奉納されたらしい。相方さんの同級生に競艇選手がいたため

縁起を担ぐため「この写真あげたら~」とゆうと、「競艇のペラは4枚!」話が終わってしまいました。しょぼん

でもこの大きさなら実在するんだろ~と関心するも、どうやってここまでもってあがってきたのかが不思議である。

そして、一気に参道のふもとまで、時刻は10:00。約1時間半の行程であった。そのころになると空いていた

駐車場もほぼ満車状態。汗だくの二人は車に戻り、お風呂の用意を!!シャツが汗でビチョビチョだった。

ガイドブックにのっていた屋上に露天風呂がある、ことひら温泉八千代へ(徒歩1分だった)

http://yumotoyachiyo.jp/ ←こんぴら温泉八千代HP

眼下に、こんぴらさんや讃岐富士、辺りのホテル・旅館が一望できて少し満足。しかしホテルの施設は古い為

泊まりたいとは思わなかったのが、正直なところ。立ち寄り湯で大人\750-は魅力的な数字であった。

その他に、歩いて入浴できるところといえば「ことひら温泉 琴参閣」http://www.kotosankaku.jp/

帰りに前を通ったが、建物もなかなか綺麗なので、こっちの方がよかったかな?
そんな事はさておき、時刻は11:30少し早いが昼ご飯。やっぱり「うどん」である。讃岐に来たんだもんくあるかと

いわんばかり、「こんぴらさん」から一路 進路を南へうどんが名物の「水車」へ後輩の卓也君のお墨付きぺこ
http://suishaudon.hp.infoseek.co.jp/index.html ←水車HP




かなりウマかった。教えてくれた卓ちゃんに感謝!!相方さんは天ざるを注文。時間がかかったもののこちらも絶品。

麺はモチモチとして艶がありました。初日の「山田家」さん同様にてんぷらがサクサク合格エビの甘いこと甘いこと

最高でした。こうなると高松市内の「松下製麺所」さんの売り切れ閉店が悔やまれる。

お腹かが満腹になり時刻は12:30店内はほぼ満席。車に戻り作戦会議。明後日から仕事の相方さんの要望も

残念ながら大阪へ向けて帰宅の途へ。そこで浮上したのが、来た道(明石海峡大橋)を帰るか、それとも瀬戸大橋を渡り岡山経由で大阪に戻るか?答えは簡単!通った事の無い瀬戸大橋で帰ろう。(実は仕事で一度通っているのだが)瀬戸大橋の中間地点の与島PAに行きたいだけであった。

http://www.jb-honshi.co.jp/seto-ohashi/index.html ←瀬戸大橋HP
ごらん下され与島PAからの瀬戸大橋↓

瀬戸大橋

写真の奥が四国の坂出方面。30分くらいの滞在。四国方面と岡山方面から与島PAでUターンもできるらしい。

お土産売り場には、香川県と岡山県の名産が販売されていた。そして高速料金がもったいない私は

岡山県の早島ICで高速を降り、国道2号線へとお盆の渋滞が心配されたが、わりとスイスイと姫路バイパス・

加古川バイパス・第二神名を経由して明石SAで休憩。ここでもアイスクリームをほうばりなかなの旅行だった。

そして家路と向かうはずだったが、相方さんの「垂水のアウトレットへ行きたい」の一言思い出し急遽、第二神名を降りることに16:30頃であったか?そこそこ混んでいた。到着すると2人別行動とり45分ほどアウトレット内を

カメラ片手にフラフラと途中で、イスラム教徒?女の子3人組みが風呂敷を敷いて、太陽の方を拝んでいた。


 ↑垂水のアウトレットとそこからの明石海峡大橋
なんと信仰熱心なんだろうか。日本人の私はこの旅でなんと無くお賽銭を入れ拝んだだけである。

なんとも複雑な気持ちである。声を掛けようかとも思ったが、後から頭にターバンを巻いたオヤジが出てくると

怖いので断念。断念の連続である。イスラムの宗教にかなり興味があったが残念!小心ものの私であった。

そんなこともあり、今日、実家に帰り墓参りをしてきた。実家といっても車で15分程度の距離なのだが。

話はアウトレットに戻り、そうこうしているうちに、持病の腰痛が炸裂した。汗

実はブログをアップしている今も痛いのだが・・・ヤバイ!!そそくさとノア号に撤収。

後部座席の布団の間でニンテンドウDSでマリオカートをしばしご堪能。、ここへ来て無理をしすぎたのだろうか?

やはり「こんぴらさん」階段がパンチが効いていたと思う。そうこうしていると相方さんが戻ってきた。

少し楽になったので出発することに。ここでの釣果は\30000-のワンピースが80%オフで\6000-で買えたそうだ。私は上の写真が撮れたこととイスラム教徒であろう女の子に出会えたことだ。でもバチがあたったのか腰はちょっと痛かった。残りの帰路を下道で帰る気力は無く、阪神高速を若宮から乗り西宮で降りた。

国道171号経由で自宅へ。途中で晩御飯を済ませ自宅到着。21:00 完了!

振り返るとはじめてのプライベートの四国(香川県)ある程度、行くところをきめていたものの行き当たりばったりにしては上出来であった。100点中90点!これは過言ではない!!次回も宿無しノア号で計画をしてみたい。

これも、最近各地にできたスーパー銭湯が可能にしてくれたのではないだろうか。感謝感謝!

ガイドブックを貸してくれた卓ちゃんありがとう!!

気になる財布の報告

所持金 \55000-

高速料金 

   行き 第二神明?~垂水IC ¥200-

       垂水IC~鳴門IC ¥5200-

 

   帰り 瀬戸大橋 坂出IC~早島IC ¥4100-

       第二神明 ¥100-

       阪神高速神戸線 ¥500-

ガソリン代

    2回給油 60L 約¥8400- 車中泊のアイドリング含む。


銭湯代 

   ¥750×2人×2日=¥3000-


食事代 旅行中合計 

   約¥16000-から¥18000- 結構夜は、いいもん食べました。


その他雑費 駐車場代 ジュース おやつ お土産etc-

約¥5000- 


合計 ¥44500-  「ワンピースは含まれない(笑)」


自宅を8/10 22:00出発  8/12 21:00 自宅到着。

走行距離  520km 2泊3日の満足な旅でした。ほぼ1泊2日?にひひ




念願の四国初上陸

このお盆を利用して念願の四国をプライベート初上陸してきました。ニコニコ

前回はゴールデンウィークに伊勢神宮を中心に三重県の旅を

3泊4日(車中泊2日、ホテル1泊)で行ってきましたが

最終日に大王町の登茂山にホテルを取った為に、和歌山の熊の古道を断念。

(ラッシュを避けるため)

今回、絶対条件に高松市牟礼町の山田家のうどんを食らう!を目的に同じ轍を踏まないと2泊3日ALL車中泊をトヨタのノアに布団を積んで強行してきました。

http://www.yamada-ya.com/ ←山田屋さんHP



山田屋



その前に、四国第八十五番の霊場の八栗寺にて腹ごなし

八栗寺地図



八栗寺の狛犬・・・・最近やたらと狛犬の写真を撮ってしまうグッド!

八栗寺狛犬




ふもとからは八栗ケーブルも出ているが今回は反対ルートから

車で八栗寺まで行ってまいりました。(山頂付近に駐車場もあったがあえて今回は

国営駐車場(路駐)しましたごめんなさい。

腹ごしらえが済んで、お昼12時、一気に高松市へ。

国道11号を1時間ドライブこれといった渋滞に巻き込まれることなく

高松城跡のある玉藻公園へhttp://www1.quolia.com/tamamo-yosi/

玉藻公園

玉藻公園 向かって左、高松シンボルタワー




高松城 現在本丸は現存しない


1587年 天正15年 豊臣秀吉から讃岐一国17万6千石を与えられ、国主として生駒親正が入府。
1588年 天正16年 築城に着手。数年の歳月を費やして完成(天正18年)。生駒氏の治世は4代54年間
続く。
1640年 寛永17年 生駒騒動といわれる御家騒動により、讃岐一国を召し上げられ出羽の国(秋田県)
矢島一万石に移される。
1642年 寛永19年 常陸国(茨城県)下館藩主だった松平賴重が東讃岐12万石の城主として入城。
松平氏の治世は11代228年間にわたり、高松は松平氏の居城として栄えた。
(※徳川家康の孫で、徳川光圀(水戸黄門)の兄にあたる。将軍家と近親の関係に
あった
頼重は中国・四国の監察役を命じられていたといわれています)
1869年 明治 2年 版籍奉還により廃城。一時、政府の所管に。
1890年 明治23年 城跡の一部が松平家に払い下げになる。

ご存知ですか?日本三大水城のひとつといわれていますが、堀の水はなんと海水です。

そしてその堀には、鯉ではなく鯛やチヌが泳いでいます。( ゚д゚) えっ!これホント!
ボランティアのおじいちゃんが教えてくれました。そして餌付けもみてびっくり!

ここで釣りをすると確実に鯛がつれます。禁止だけど・・・


時刻は14:00になり、いよいよ疲れてきました。高松のシンボルタワー30Fお茶

TIME!!ケーキセットもウマかったけどそこからの景色が絶景かな絶景かな!!

http://www.symboltower.com/



高松シンボルタワー


高松シンボルタワー30Fより撮影


瀬戸内の高松港などが一望。隣のおばちゃんが港に出入りする車をみて「ミニカーみたいね、お父さん」。はしゃいでいました。耳

チョビットと気力も体力も復活したあとJR高松駅をぶらつき香川県立博物館も30分ほど見学し。 いざ!栗林公園(りつりんこうえん)へ!

16:00頃の到着でしたが気温はしっかり31度を超え うちの相方さんは

ノア布団でノックアウト!カメラ片手に私だけが突撃!!叫び

やっぱり暑かった!しかし園内はこれまたきれいな庭園!!

ここで写真を何枚かご紹介。

http://www.pref.kagawa.jp/ritsurin/








暑かったせいもあり、車に戻ると相方さんもぐったりそこで、香川県のガイドブックにも載っていた卓ちゃん推奨松下製麺所に行くことに!! 17:40ごろ到着も「売り切れご免」!

一言にあえなくノックアウト叫びにやられたご一行は、気を取り戻し温泉へ!!

今、流行のスパー銭湯ですが・・・車中泊の旅にとって、食と風呂だけは

避けては通れないで、ここは事前チェック!!

いざ、天然温泉きららの湯へ

http://www.kiraraonsen.com/index1.html

結構、スパー銭湯が最近でき始めたので車中泊チームとしては大助かり

宿が車なだけに風呂上りにビールを「ぷっはぁ~」とはいかないものの

気ままに移動できるのが醍醐味!!宿代がタダなだけに食べ物にも予算がさけれるが、間違いなく歳をとったらできないであろう。1時間ほどで風呂からあがり

この時点で、晩御飯が決まっていない。気ままとゆうか、無計画とゆうかこの当たりの判断は皆さんにお任せして、またもやガイドブック必見。

骨付鳥の「一鶴」の文字が・・・・丸亀市だったドクロまさにどくろマーク!!

現在地は高松市!!次の日の行程が「こんぴらさん」だったので決行を決意!!

フラフラだった。ガーンショック!下道で移動すること約25KM バイパスもあり40分で到着

途中、道にも迷い丸亀城の横を通過・・・・少し感動を覚え「一鶴」到着

意外に店が大きく、親父を含め従業員2,3人と思っていた店内は100人近く

お客がいた お値段もそこそこお味も・・・・。想像におまかせしよう!!

http://www.ikkaku.co.jp/

お腹が一杯になり、この時点でドライバー兼、カメラマン私は(*´Д`)=зこんな感じである。

もう一度、丸亀城を横手に「こんぴらさん」付近へ移動。さすがに限界が来た。

またもや、移動 「こんぴらさん」付近のコンビニでチュー杯を買った。

この日、初めてのアルコール。寝る気が満々であった。時刻は22:00

強行突破の1日が過ぎようとしていた。超満足の1日。

翌日は、この旅の最難関の「こんぴらさん」1367段の階段待ち受けいた。

そしてコンビニの駐車場に22:30就寝。速攻であったらしい相方さんいわく・・・


翌の「こんぴらさん」へとつづく・・・・移動距離268KM 1日目 終了・・・・



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