歌舞伎町のカラス -2ページ目

きっかけ

2003年1月

この街に何を求めに来たのかわからなくなっていた。

浩一は昨夜電話口から言われた通り歌舞伎町の入り口に立っていた。

時間は午後1時。
見渡せばスロット店から出てくるサラリーマン、キャバ嬢と手をつなぎ歩いているヤクザ、明らかに喧嘩が弱そうなのに鋭い目つきをしているホスト、決して鋭くはないが目を細めてスカートの丈を舐める様に顔までゆっくり見ていくキャッチ。

自分は何をしに来たのかさえ忘れさせる異様な人種。

ただゴミを漁るカラスの群れは唯一、浩一を歓迎してくれている気がした。

「おまえ、俺たちと一緒だろ。何も怖くない。踏み出せ」

群れから離れて大きな奇声をあげていたカラスは浩一に後押してくれた。

高校卒業と同時に憧れだったイタリアンレストランに社員として働く事になった。
給料は25万円高卒ではありえない金額。
店も愛宕にあるビルの最上階。
毎日芸能人の誰かが来る。
友人に話せば誰もがうらやむ環境。
友人の大半は大学生。浩一の話に皆刺激を受けていた。
(絶対にイタリアにいって修行して店を出すんだ)

しかし友人達が羨むのとは裏腹に職場での浩一は苦悩を抱えていた。
浩一は調理専門学校に通わず正社員として採用を受けた。
基礎等ない。

高校時代に地元のイタリアンレストランで働いていた時に
強烈にイタリアンの世界に惹かれた。
最初は皿洗いのバイトで高時給で賄いが食える理由だったのに
日に日にサラダを担当したり、ピザを作ってみたり、包丁を握って切ってみたり、
毎日が感動の日々だった。
パスタ場を任されてからは本当に料理人になった気持ちだった。

しかし愛宕のレストランは違った。
使う食材は全て高級食材、店内の会話はイタリア語、一皿一万円
ワインが何十万という今迄の経験は何一つ役に立たない。
ホールの先輩達は皆浩一に「若い新入社員」という目で優しくしてくれる。
しかし調理場は「使えない小僧」という目で見られていた。

入社して2日目には先輩上司を開店前に殴っていた。

12月浩一は以前から注意されていたトイレの喫煙と反抗的な態度で店をクビになった。

家出をしていて小学校からの親友の健の実家で年を越し、
飲食業会に未練があったものの寝床を確保しなければという思いが強く
寮完備の求人を探していた。

スポーツ新聞を広げ求人欄を見る

新聞配達 寮完備 28万円
(朝起きれないからパス)

タクシー運転手 25万円保証
(免許ないし)

DVD販売 50万円
(高いけどなんだこれ)

風俗店 幹部候補 寮完備 30万円~
(うーん)

恐る恐る電話をしてみた。
風俗店の意味も良く知らない、ましてや行ってみた事も無い。

電話に出た中年の男性に歌舞伎町に着くなり改めて電話をしてと優しい口調で指示を受けた。

翌日歌舞伎町に着くなり昨夜電話したリダイヤルを表示して改めてかける、
道を案内されながら受話器を耳に歩いて行く
「そこの地下2階です。お待ちしております。」
指定された場所は目の前の雑居ビル。
歌舞伎町セントラルロードの最中心部といっても過言ではない。
遠くから見てもわかる数々のカラフルな看板。
黄色、赤、ピンク、水色、各店舗の看板がビルのあちこちに強調されていた。

地下1階は工事中その下に店はある。

妹はあまえんぼう

地下2階のピンク色の看板。
昨日の新聞の店名と違う。
後にわかる事だが警察対策として当時は女の子の求人も含め
本当の店舗名で求人を載せる店は無かった。

「いらっしゃいませ!」
店に着くなり眼鏡をかけ脂ぎった天然パーマで、いかにも冴えない30代のサラリーマン風の受付に客と間違われた。

「さきほど、電話した面接のものです。

受付は約2畳分。
胸の辺りの位置の小窓から男性がもう1名こちらを覗いている。
その横の壁には風俗嬢と思われる女性の写真と料金表が綺麗に貼られていた。

洋楽の有線が店名とは違いとてもハードに店内に響いている。
小窓や写真が並べられている両壁の隣には紺色のカーテンがかかっていた。

「こちらへどうぞ」
先程の受付に言われ左を見ると、もう一つ紺色のカーテンがかかっていた。
上には待合室と書かれていた。
中に入ると電車の様な紅色の腰掛けが細長く置かれて椅子の上には
何ヶ月も前の週刊誌や漫画が無様に置かれている。

中には誰もおらず腰を掛けると目の前には、水族館の様な鏡ガラスが横一面に広がっていて
不安そうな浩一の表情を写している。

「ありがとうございました。
先程の受付から女性の声がした。
続き3人程の男性の声で
「ありがとうございました」
と聞こえる。

見たい。見てみたい。そんな衝動に狩られていると
カーテンが開き、大柄の店長木村が入って来た。
体重は有に100キロ以上はある木村は浩一の横に腰をかけ
「いつから来れる?」
と切り出した。

そもそも対面じゃなく横に座る面接自体初めて戸惑っているのに、
いきなり入社前提の質問。
そもそも待合室は椅子の前に大人が一人歩ける分のスペースしか無く
とても対面なんか出来る訳が無かった。

「明日からでも」

自分も知らぬ間にその気になっていて驚いた。

「じゃあ明日からで!」
木村はデブ特有の笑顔で上の前歯が無い口を開きながら笑顔を見せてくる。
木村は続けて
「簡単に仕事を話すと、基本は朝の9時から夜の12迄。
 休みは月2日。仕事内容は主に掃除と接客。最初の月は日割りで1日1万円。
 翌月から35万円。店の女の子は商品だから絶対に手を出さない様に!
 男性従業員はテンパクしてるから出来る?」

テンパク?意味が分からなかった

「店に泊まるのが店泊」

浩一には好都合だった。

「はい明日から頑張らせて頂きます」

「じゃあ明日の朝9時に来て」
木村に笑顔で送り出され地元に帰り健にに報告した。
「大丈夫なのか?危なくないのか?」
と心配する健に浩一は笑顔で余裕ぶっていたが一番心配だった。
いや、もうこうしなければ生きていけない状況だった。
「今迄泊まらしてくれてありがとう!明日からは寮で泊まれるから!
 給料も良いし、大学の奴らがバカしてる間に俺は、みんなが経験出来ない
 経験をして一回りも二回りも大きくなって見返してやる!
 当分会えないけど、おまえも頑張れよ!」
決して親友に店で寝泊まりするとは言えなかった。