Kabu8のブログ -9ページ目

Kabu8のブログ

株で資産を増やしてその資金で子供達を支援し日本の未来を明るくしたい

トレードスタイルは1~2週間で完結

羽生選手に続き

葛西選手も銀メダル獲得
おめでとうございます!


不屈の男という名にふさわしい葛西選手

葛西選手もこんな苦労があったのですね、
辞めたいとおもったことも何度もあったことでしょう。
文句も言わず結果を出すまでやり続ける不屈の人


本当に頭がさがります。

尊敬します。

ちょっとやそっとのことであきらめたり
人のせいにする、信念が座っていないと
陥りがちです



自分も心していかないといけません。



以下はヤフーニュースからの抜粋です


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140124-00010002-jisin-ent&fb_action_ids=736245963055105&fb_action_types=og.recommends&fb_source=aggregation&fb_aggregation_id=288381481237582


葛西紀明 レジェンドの原点は「金メダルが妹の病を治す」
女性自身 1月24日(金)0時0分配信
「紀明は私たち家族にとっては希望の星で、弟が頑張るから私たちもつらいことに耐えて立ち向かっていくことができました」

 そう語るのは、北海道名寄市に住むスキージャンプ競技の日本代表、葛西紀明選手(41・土屋ホーム)の姉・紀子さん(44)だ。

 7大会連続の五輪出場を決め、選手団主将を務める葛西選手は、今年1月オーストリアで開催されたW杯で優勝し、史上最年長記録を更新した。W杯優勝は実に10年ぶりで、日本選手としては最多の16勝。「カミカゼ・カサイ」と海外の選手から呼ばれ、そのフォームは世界一美しいともいわれる。

 しかし、葛西選手がこれまで歩んできた道のりは、決して平たんなものではなかった。家は貧しく、病気を理由に働こうとしない父親にかわって母・幸子さんが働き家計を支えた。それでも、近所から米やお金も借りなければ暮らしていけなかった。

 ’92年に続き、’94年のリレハンメル五輪の代表選手に葛西は選ばれたが、このとき、高校に入学したばかりの妹の久美子さん(36)が病魔に襲われる。再生不良性貧血。

「僕が金メダルを取れば妹の病気が治るような気がする」(葛西選手)

 リレハンメル大会で葛西は善戦し、団体ラージヒルで日本チームは銀メダルを獲得した。その後、久美子さんの病気は回復したものの。また2年後に新たな悲劇が葛西家を襲う。家に放火され、幸子さんは大やけど負った。皮膚移植を繰り返したが、結局、11カ月後に亡くなった(享年46)。

 葛西選手はブログのなかで、《休む暇もなくずーっと子供達のこと考えてくれてたんだろうな~。そんな母さんに家を建てて上げるからって約束したまま……。今母さんがいたら即行!土屋ホームの家を建てて上げたんだけどな~》と告白する。

 母親の死後、それまで疎遠だった父親との交流も少しずつだが回復していった。競技を始めたときから高校入学で実家を離れるまで、凍えるような寒さのなか、ずっと練習に付き合って、ジャンプ台の整備をしてくれた父親。名寄市のアパートで一人暮らしをしている父・利紀さん(72)

「名寄に来たときは俺の家にも来てくれる。海外遠征から帰国したときも電話してくれるし、それはうれしいよ。2日前にも来て、パソコンをプレゼントしてくれたよ。(衛星放送とネットの動画サイトで)『親父にも俺が頑張っているところをリアルタイムで見てほしいんだ』と言って」

 葛西選手は母親の墓地を建てた。命日とお盆、大きな大会の前には必ず墓参りをする。現在、妹の久美子さんは肺炎をこじらせて入院中だ……。さまざまな思い背負って葛西選手はソチの空を舞う。姉の紀子さんは言う。

「もちろん頑張ってほしい。でも、弟は金メダルを獲得するためだけに飛んでいるのではないような気がするんです。それが何なのか私にもわかりません。でもいつかこの日のために飛び続けていたんだ、なぜあんな苦労をしてきたのか、いつかきっとわかる日がくるような気がします」


羽生選手、金メダル獲得おめでとうございます

当然ですが
オリンピック選手に選ばれるのさえも大変なのに
メダルを獲得するのは至難の技です

簡単に演技しているようでも
どの選手も
ここまで来るのに
紆余曲折、葛藤、
、プレッシャーとの闘いがあります。

それで、結局、心なんだなあ、
と、どんな心を持って臨むのか、
どんな態度で臨むのか
それが結果としてさまざまに表れるんだなあと
改めて思いました。

日本の社会が抱えている様々な問題、
若者の引きこもり、
ワーキングプアー、
詐欺、などなど

オリンピック選手に
日本の各地で講演してもらって
若者や被災地の人たちを
励まし、希望を与えてもらえたらいいなあと
思います。

http://sochi.sports.yahoo.co.jp/column/detail/201402150003-spnavi

以下は、
ヤフーニュースからの抜粋です


震災で学んだ「信じること」の大切さ
 高橋大輔(関西大学大学院)がバンクーバー五輪で銅メダルを獲得し、日本に歓喜をもたらした4年前、羽生はまだ15歳だった。2009年末の代表選考会で6位に入るなど期待の若手ではあったが、1人のジュニア選手に過ぎなかった。

 11年3月11日の東日本大震災では、練習拠点だったアイスリンク仙台と自宅が大きな被害を受け、それから4日間を避難所で過ごした。スケートをやめようと考えたこともある。「本当に生活することが難しくて、ぎりぎりの状態だったんです。でも水や食料を供給してもらって、たくさんの人に支えられていると感じた」。練習ができない時期、荒川静香をはじめとしたスケーターが開催するチャリティーアイスショーで各地を回った。そうした中で実感したのは「信じること」の大切さだった。被災者に向けた色紙にその言葉を記している。

「信じられるものがなくなりつつある。今の日本には、ひょっとしたらそんな雰囲気もあるかもしれません。でもやっぱり一人一人の持っている力を『信じること』そのものが大きな力になる。そう思いたくてこのメッセージを書きました」

 同年7月にはアイスリンク仙台が再びオープン。競技を続けられるように支えてくれた人々に恩返しがしたい。その一心で練習に励んできた羽生は、翌11-12シーズンに大きく飛躍する。ロシア杯でGPシリーズ初優勝を果たすと、全日本選手権では3位に入り、世界選手権への出場権を獲得。同大会でも初出場でいきなり銅メダルに輝いた。17歳3カ月での世界選手権のメダル獲得は、日本男子では最年少記録。大舞台で結果を残したことにより、注目度も徐々に高まってくる。


すごい雪です。


自分の車で帰れず、タクシー呼びました

運転手さんも10何年ぶりにチェーン巻いたそうです


家の前の道が雪かいてるかどうかかわからないので
途中の田んぼ道でおろしてもらったら
途中から雪の深さがすごくて
ひょっとして雪に埋まってしまうんじゃないかと
思ってしまいました。

なんとか無事に家にたどり着きましたが
体が元に戻るまでじかんかかりました。



それにしても
ヘッドライトつけてない人が多いのは
残念です。
ヘッドライトは自分じゃなくて
相手にわかるようにするためなんです。




今日は忙しいので相場やらないで
休むつもりでしたが
やっぱみてしまった。

またしても日本マイクロニクス 買い

勢いよかったので
9700円で1200株

売り 指値10110円 して
でかけました。

結果はオーライ でした!