図書館で偶然手に取った一冊の本『北斗星下の航跡(改訂版)』。
ページをめくるごとに、当時の空気や人々の息遣いが伝わってくるようで、思わず時間を忘れて読みふけってしまいました。

しかしこの本は館内閲覧のみで貸し出し不可。どうしても手元に置いておきたくなり、古書店を探し回ってようやく入手しました。決して安い買い物ではありませんでしたが、それでも手にした時の喜びは格別でした。

そして――本当の驚きは、その後に訪れます。

何気なくページをめくっていると、ある集合写真に目が留まりました。見覚えのある顔。目を疑い、何度も見返すうちに確信へと変わります。

そこに写っていたのは、かつて幼い頃に可愛がってもらった祖父の姿でした。

遠い時代の記録の中に、確かに存在していた祖父。
歴史資料としての価値だけでなく、この一冊は、私にとって家族の記憶へとつながる特別な存在となりました。

本との出会いは時に、不思議な縁を運んできます。
あの日図書館で手に取らなければ、この発見もなかったと思うと、ただただ感慨深いものがあります。

これからも大切に読み継いでいきたい、そんな一冊です。

    この画像は戦前、青森県下北郡川内町(現・むつ市川内地区)にあった阿部城鉱山の様子を写した絵葉書です。装飾的な台紙に収められた鉱山風景からは、当時この地が一時代を築いた産業の現場であったことが伝わってきます。

写真には、坑道の掘削や鉱石の運搬、精錬作業に従事する人々の姿が写され、煙の立ちのぼる作業場や山肌を大きく切り開いた採掘現場は、鉱山が地域の中心的存在であったことを物語っています。現在の静かな山の風景からは想像しにくい光景です。

阿部城鉱山が最盛期を迎えていた頃、この一帯は多くの労働者とその家族でにぎわい、鉱山集落には商店や娯楽施設が立ち並び、映画館まであったと伝えられています。下北の山中にありながら、文化や娯楽も備えた“町”が形成されていたことは、戦前の鉱山が持つ活力の大きさを感じさせます。

この絵葉書は、単なる作業風景の記録ではなく、阿部城鉱山を中心に人々の生活と文化が息づいていた時代を今に伝える、貴重な歴史資料といえるでしょう。

 

 

 

 

大湊 雪景色(戦前絵葉書)2枚

この絵葉書は、大正末から昭和初期にかけての大湊(陸奥)市街地を写した雪景色である。
深い雪に覆われた一本道の両側には木造家屋が立ち並び、往来する人々は外套に身を包み、厳しい冬の日常を静かに物語っている。

軍港として知られる大湊だが、本作は軍艦や港湾施設ではなく、市街地の暮らしに焦点を当てている点が興味深い。
電柱や家並みの様子からは、軍港整備とともに発展していく町の姿がうかがえ、当時の生活風景を伝える貴重な資料といえる。

裏面には菊切手一銭二厘が貼付され、実際に郵送された形跡が残ることから、単なる観光用ではなく、当時の大湊の冬の様子を遠方に伝える役割も果たしていたことがわかる。
厳寒の地に生きる人々の息遣いが感じられる一枚である。

 

 

 

裏面差出人欄には「軍艦 津軽」と読める記載が見られる。
津軽は津軽海峡の名を冠した日本海軍の敷設艦で、北方海域の防備を主任務としていた艦艇である。
津軽海峡防衛の拠点であった大湊要港部とは関係が深く、本絵葉書は同艦乗組員が大湊滞在中に差し出したものと考えられる。

 

大湊線鉄橋 ― 絵葉書が伝える時代と現在

掲載した写真は、大湊線が川を渡る鉄橋を写した、戦前の絵葉書と現在の同地点の比較である。
絵葉書は大正から昭和初期にかけて撮影されたものと見られ、木橋と簡素な軌道が、当時の地方鉄道らしい素朴な風景を今に伝えている。

この路線の終着・大湊駅は、旧海軍の要港部が置かれた軍港・大湊への玄関口として重要な役割を担っていた。
軍需物資や人員輸送のため、鉄道は海軍施設と直結する生命線であり、この鉄橋もまた、その一部として日々列車を支えていたのである。

現在の写真を見ると、鉄橋は改良され、周囲の風景も大きく変わった。
しかし、線路の延びる方向や川の流れ、遠くに見える丘陵の姿は、絵葉書の時代とほとんど変わらない。
同じ場所に立ち、同じ方向を見ていることが、写真を通じてはっきりと実感できる。

かつて海軍要港部へと続いていたこの線路は、戦後も地域の足として生き続けている。
一枚の絵葉書と現在の写真を見比べることで、大湊線が歩んできた歴史の重みと、変わらぬ風景の尊さを改めて感じさせられる。

おそらく、大正から昭和初期に写された大湊鉄橋の画像

 

令和の画像

 

並べて比較してみた。

100年以上たってもたいして変わらないのが下北らしくて良い。

 

(右半分が無いハガキ)

 

 

 

(二枚セットで真中で分割して使うのかな?)

 

本絵葉書は、戦前に制作された上下二枚続きのパノラマ形式による「大湊港第一築港ノ景」である。
一枚では収まりきらない港内の広がりを、上下二枚に分けて構成することで、当時の大湊港全体の様子を立体的に伝えている。

上段の写真には、築港施設に横付けされた大型汽船が写り、桟橋や杭列、港内構造物が整備されつつある状況が確認できる。
船体の規模や設備からは、港湾工事や物資輸送を担った船舶であったことがうかがえ、築港の現場が実際に稼働していた様子を生々しく伝えている。

下段の写真では、視点がさらに引かれ、港内全体と周囲の地形が広く捉えられている。
中央部には築港工事に用いられたと思われる構造物や作業船が見え、港が段階的に拡張されていく過程にあったことが読み取れる。

上下二枚を合わせて見ることで、大湊港が単なる軍港として完成された姿ではなく、北方の要港として「築かれつつあった時代」の空気を感じ取ることができる。
本絵葉書は、大湊港の成立過程を知るうえで、極めて貴重な視覚資料といえるだろう。