私は、物事を感情でもって見るとき、錯覚しやすく狂気を抱きやすいです。
これが好きだと錯覚し、
それについて意固地になる狂気があります。
だから私は幸せです。
戦争が悪いことってみんな分かっているのに
なぜ昔の人が戦争したかは分からない

昔の人が悪い、戦争が悪い、そう周りの人と確認し合っていれば、安心できるから。
けど、戦争したいと言う人を、間違っていると打ち殺せばそれはもう戦争なんじゃないか
Eブロンテの嵐が丘、読んだ。


恋愛小説のような、サイコホラーのような、不思議な小説。現代ではヒースクリフのような人間を病んデレと言うのでしょう。

巻末には訳者の解説が載っていて、嵐が丘の魅力の1つは、立体感があることって書いていた。
人によって、嵐が丘を恋愛小説として読むと、受け付けない人もいるかも知れない。ヒースクリフを初め、登場人物は、概ね直情的で、我が儘で、人の気持ちを踏みにじる様なことを平気でする。
彼らが自分の気持ちをいく分の一でも抑えれば、嵐が丘はもっとスッキリとして、ヒロインのキャサリンとヒースクリフか結ばれると言うこともあったかも知れない。

ヒースクリフは、キャサリンが嵐が丘の隣人、エドガーリントンと結婚し、嵐が丘から行方をくらました。天涯孤独で嵐が丘の拾われっ子だったヒースクリフは、エドガーのような財産も教養もない。どういうわけか、数年の間に紳士足る知識と財産を築いた彼は、昔自分をバカにしたエドガーを初めとする鶫の辻と、自分を捨てたキャサリンに復讐するために、嵐が丘を乗っ取り悪鬼羅刹の如く振る舞う。

ストーリーを端的に語ると、これに付き、鶫の辻の人間が逆襲を企てるわけでもなく、ただヒースクリフは復讐に復讐を重ねて、それでも満たされず、やがて精も根も尽きて、最後は不可解な死を遂げる。

悲恋に分類される嵐が丘に、あまり悲壮感が無いのは、確かに嵐が丘という、抜けるなようなヒースが広がる舞台で、登場人物がその自然の中に自由に生きる描写が巧みに表現されているからかも知れない。
訳者の言う「立体感」が、そういう事を指すのかは、わからないけど。






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