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天上空前です。


今日は『正しく見る』ということをお話させて頂きます。


仏教のお話にはなりますがブッタは『正しく見ることが出来るようになるのが悟りへの道である』と言っています。


仏教もカバラも宇宙の真理を悟り、苦しみを解放する道、幸せになるみち、すなわち魂の向上を目的とした教えや、思想になります。


今回の『正しく見る』ということは最初の一歩になります。


私たちの人生には、様々な苦しみ、不安、悩みがつきまとっています。
人間関係の悩みを抱えている人が多くいます。


会社や家庭、友人との間で自分を守るために無意識で勘違いや誤解をしたり、優位に立とうとしてバカにしたり、比較して卑屈な気持ちになったり、失敗して落ち込んだりと常に心が動いています。


ただ見ているつもりでも、たくさんの事にとらわれて見ています。


人は『目』を使って、ただ見ているのではないのです。
過去の自分の経験、体験を通して見ています。
世の中の常識や、人や本から学んだ知識も加わって見ています。

このように私たちは色々な物差し、感情などのフィルターを通して見ています。
そしてそのフィルターは一枚ではなく何枚もの色を重なって、たくさん色が着いた状態で見ています。


つまり、正しく見ていないということなのです。


自分では目で見ているつもりかも知れませんが、実は心の中のフィルターを通した『心の目』で見ています。


そういったフィルターを外し、何の色も着けていない状態で『見る』こと。

体験や経験から来る価値観から離れ、そこに振り回されずに恐れも手放す。


それが『正しく見る』ということなのです。


ただ心というのは過去世の影響もありますが常に動いています。
そのためフラットな状態でいるということは、まず自分の捕らわれているものに『気付き』手放す作業が必要になります。


その作業が『瞑想』という修行になるのですが、瞑想と聞くと『高次元に繋がる』だとか『ハイアーセルフと会話する』など少し難しく高度なイメージがあるかも知れませんが


もちろんそういった瞑想もあります。
ただ瞑想の基本は自己を見つめるということです。
自己を見つめ、捕らわれているものに『気付き』呼吸と共に吐き出すエクササイズです。


そうして全てを吐き出し、浄化した無心の心、純粋な意識で見るということ。
そこには宇宙的な愛があり、平和があり、浄化された空っぽの心があります。


すなわち『空』であります。


もし貴方が何かに恐れていたり、苦手であったり
または嫌いな人や憎んでいる人がいた場合


それは貴方自身が作り出したものかも知れないですね。


最後までお読み頂きありがとうございました。

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天上空前