サッカーには全く興味が無く、ルールも1つも知らない私でも

毎日の報道は目に入るし 無視するわけにもいかないようだ。


残念ながら2度の試合はどちらも満足のいく結果には終わらなかったようだが

選手たちは それでも懸命に

精一杯の試合をしたのだろうから

テレビを見ていただけの私たちは あまり辛らつな意見を言う権限はない。

今のメンバーの誰が欠けても

今のメンバーと誰が変わっても

これ以上の結果になる事は ないのだろうから。

そういう選手を 監督始め誰もが選び出したのだろうから。


ところで 先日のクロアチア戦。


報道によると 私の住む中部地方

特に名古屋では 水道の消費量が

同じ時期の日曜日に比べると なんと15%も少なかったのだとか。


みなさん 応援に夢中になって

トイレやお風呂 炊事の手を休めていたのが原因らしいとの事。

ただひたすらにテレビを見つめ 一心に応援していた

熱心なサポーター達が 次のブラジル戦も期待しているはず。


頑張れ、ジーコジャパン。

気が付けば日本列島は一斉に梅雨入りしたようだ。

これから毎日のように傘を持ち歩くようになると思うとうんざりもする。


ただ 今の所じっとりとした暑さはあまり感じることなく

どちらかと言えば 涼しいくらいというのが まだ救いなのだろうか。


そんな梅雨の狭間の昨日。

この週末は なんとか曇り程度の天気で済んだため

久しぶりに 娘と遠出することにした。


行き先は ひるがの高原 牧歌の里 。


岐阜県だし 同じ中部地方だし 意外と近いかも。

そんなふうに思いつつ出発してみると・・・

岐阜県は意外にも縦に長く 現地到着は2時間半後。

走行距離は片道130キロにも及んでいた。

軽じゃ結構キツイんですけど・・・^^


一番のウリのはずのラベンダーは 7月にならないと見ごろにならず

咲いていたはずの一面のチューリップは見事に終わって今日から刈り込み。

『花』を見に行くには一番のオフシーズンだったようだ。


ただ、その分人出は少なく 好きなように遊んだり見学したりできたのは

ラッキーだったかもしれない。


動物好きの娘は羊に餌をやると言って放牧場に自ら乗りこみ

同じくらいの身長の立ち上がった羊に抱きつかれるという

手荒い歓迎を受け 泥だらけになり


乳搾り体験場では

疲れるまで牛の乳を 思う存分絞りつくし

「牛の乳首って 暖かいんだぁ~~~知らなかったぁ」 と感激し


モコモコだった羊の毛刈りを目の前で見物するだけに飽き足らず

バリカンを持たせてもらい 実際に刈らせてもらうこともできた。


さらに


乗馬


プチ乗馬レッスンを受ける事までしたのである。


歩く、止まる、曲がる、バックする を 教えてもらった娘は

すっかり上機嫌で 

「馬はあたしの言いなりよ♪」

と言わんばかりに 鼻も高々であった。


結局 閉園時間間際まで さんざん遊んで

これまた130キロの道のりを帰ってきたのだが


「今度はラベンダーが咲いたら また行きたいなぁ」


という娘の言葉が 楽しかった今回の行楽を

物語っているのだろうなぁ、と ちょっと嬉しくもあるのだった。

同じ団地に住む人で 以前からなにかと声をかけてくれる人がいる。

日頃日中仕事で出かけている私にとって

知り合いを作る事はとても難しいので

有難い存在なのだ。


今朝方 彼女から電話があり

夕食に誘われた。


一緒に出かけてみると

そこは家からとても近い居酒屋さん。

しかもいわゆるカラオケがメインの昔ながらの店舗。


ほとんどが徒歩圏内のカラオケ好きの

オジサマ・オバサマのたまり場となっている所であった。


安くて美味しい料理が出されるのだが

残念ながら お客のほとんどが喫煙者。

日頃タバコにたしなみが無く

実家でも誰も吸っていない。

たまに外食しても 『禁煙席希望で』 という私たちにとって

なかなか過酷な環境ではあった。


しかも 全く知らない人が悦に入り大音量で歌う中での

食事というのが 娘にとっては 初体験である。


初めの30分ほど、飲む事も食べる事もできず

居住まいをただし だた真っ直ぐ座っていたのだった。


さすがにしばらくすると慣れてきたようで

出されたおつまみにも 手を付けるようになった。


帰ってからは自分の服や髪のニオイを気にして

すぐにシャワーを浴び 着て行った服は

上着はファブリーズ、それ以外は全部洗濯機行きとなったが・・・


それでも 2人だけではなかなか行けない店だし

次はカラオケで頑張って歌うと宣言しているところをみると

貴重な社会勉強となったと思う。



娘には 小学校に入った年から

毎年1つずつ、手伝いも兼ねて家事を教え込んでいる。


とはいえ 所詮宿題などの勉強がメインなため

これまでは 洗濯物をたたむとか 上靴を自分で洗うとか

ゴミ出しをするとか その程度なのだが。


しかし 今年で4年生。誕生日が来れば年齢も二桁に達するのだ。

そろそろ炊事に関することも覚えてもらわなければ。


ということで


つい先日 炊事の基本、包丁を買ってやった。


料理の基本


100円ショップは本当にあなどれない。

こんなものまで普通に手に入るのだ。

包丁は300円出した。ぺティナイフくらいの長さで子供にちょうどよい。


最近は子供用に 刃のついていない包丁があるのだそうだ。

手を切らないよう配慮されているらしいが

豆腐を切る以外の使い道を 私は思いつかない。


それより 刃物の危険を身を持って知るためにも

『切れる』 包丁を使わせた方がよいのではないか。

もし 手を切ったならば 次回から切らないよう気を付ける。

痛い思いもしなければ 本当の使い方を覚えられないはずである。


だからこそ 子供に与える時期を

親はしっかりと見定める必要もあるのだと思う。



初めて使わせた日

娘はきゅうりと大葉を切ってくれた。

いつもなら残してしまいそうな 細かい破片まで

きっちりと 食べ切ったのだった。


わが家ではなかなか平日は やらせる時間が取れないが

これから週末ごと、少しずつ切り方、混ぜ方、焼き方等

レパートリーを増やしてやろうと思っているのである。

近くのスーパーに アンドーくんという男の子がいる。

見かけは20代後半くらいの青年である。

このあたりには珍しく なかなかのイケメン。

平日 昼間に行ったときもいたので 単なるアルバイト、

というわけでもなさそうだ。


同じ職場の人と 偶然同じスーパーを利用するということがわかった時も

「あそこに 結構かっこいい店員がいるよねぇ。なんて言ったっけ」

「あ~、もしかしてアンドーくん?」

「そうそう!ヽ(゚◇゚ )ノ 知ってる?やっぱり」

という会話が成り立つほどである。


ちなみに アンドーくん自身も そのあたり十分意識しているようで

とりわけ 若い女性がレジに並ぶと

独特のフォームでレジの打ち込みをし

さらにかなり意識した感じの おつりの取り扱いをする。


これをされなくなると アンドーくんのストライクゾーンから外れたということで

オバサマ方の間では 熾烈な攻防戦が秘かに繰り広げられているのだとか。


ここ半年ほど 私は別のスーパーに通うようになり

アンドーくんとも ご無沙汰であった。


この度 牛乳が切れそうになったため

「ま、牛乳くらいなら」 と 久々にかのスーパーに立ち寄った。


果して 偶然並んだレジは アンドーくんが担当だった。


あらゆる意味で 微妙な緊張を伴い 自分の番が来た。


幸いにも アンドーくんは件のパフォーマンスを華麗に披露してくれたのだった。


アンドーくんのストライクゾーンが 意外に広かったことを有難く思うのだった。

スズメの子育ての話である。

スズメと言えば 日本中いたるところで見かける鳥で

今更子育ても何もないような気がするが

このスズメはちょっとちが~う。 のである。


巣を作っちゃった場所が問題なのだ。


子育て 
ここに作っちゃったのである。

ここはどこかというと 元はなんとスズメバチの巣。

ちゃっかりと間借りしたというわけだ。


>スズメバチの巣は直径約五十センチ。高さ6メートルほど。

最初は巣をくちばしでつつき、縦二十センチ、幅五センチほどの穴を開け、

自由に出入りできるようにした。四月にはひながかえり、

秋には姿が見えなくなった。「寂しくなった」と思っていたところ、

今年三月に同じとみられるカップルが再び「住民」となった


巣の内部はいわゆる 『ハニカム構造』 で 音が伝わりにくい上

軽く保温性もある。

蛇などの侵入も防ぐことができるため

スズメにとっては まさに一石二鳥どころか 何鳥にもなるのだろう。


見るからに丈夫そうなスズメバチの巣である。

このスズメのカップルには 何年にも渡り活用してほしいものだ。

私も一応母という身分である。


娘が3日ほど前、突然ニヤニヤしながら聞いてきた。


「ねぇ、お母さんの好きな花ってなに?」


好きな花と言われれば多々あるが、さてどうしよう。


「そうだなぁ。ガーベラかな」


ガーベラは以前ネットで 『100本セット』 なるものを購入し

家中をガーベラで一杯にしたことも何度かある。

今はベランダで2鉢、冬場は全く水をやらずにいるのに

ちょっと暖かくなって 気まぐれに水をやると

ぐいぐいと伸びてきて 今や花盛り。

以外と丈夫な花なのだ。


娘は 「ふ~~~ん、ガーベラねぇ」

と 意味深につぶやき

来た時と同じように ニヤニヤしながら下がって行った。


そして今朝、早い時間から起き出していたらしい娘に起こされると

「はい、これ。母の日ありがと」


と 差し出されたものが これである。


母の日


「ちょっとさぁ、色紙が足らなくてさぁ。

寂しい感じになっちゃったんだけど」


それでもなんとか特徴はつかんでいるかも。

ちょっと嬉しいプレゼントなのであった。

先日、職場に献血車が来た。


じつは私は 「趣味:献血」 と書きたいくらいの

献血フリーク。


以前は献血センターに月に2度通い

成分献血をできうる限りのスパンで参加していた。

センターの職員ともいつしか顔なじみとなり

お互い私服で全く関係ない場所で偶然会っても

「あ、こんにちは。お久しぶりですね~~♪」

と 普通に会話ができるほどだったのだ。


娘を授かってからというもの、妊娠中は当然の事

生まれてからもなかなか一人で街中にでることもなくなり

出かけても用事だけを済ませて帰るくらいしかできなくなっていた。


それでも 全血献血ならばそれ程時間がかからないため

献血車を見かけるたびに立ち寄っていたのだ。


ただ、全血献血は 当然ながら赤血球の比重を厳しくチェックする。

比較的 私はいつもこの比重が基準に達せず

空しく帰途につくことも多いのだ。


今回も 献血車ということもあり 採取されるのは全血のみ。

前もって日程はわかっていたので

当日は少し多めに朝食をとって 挑んだのだが

残念ながら玉砕したのだった。


今回 もし無事に採血されれば

記念すべき50回目の献血となるところだったのだが

この壁が厚く じつはこれで3度目のチャレンジだった。




ところで





今日の報道で出ていたのだが

最近の献血経験のない若者のうち

4人に一人は 『献血って? なにそれ?』 という状態だということが

判ったのだそうだ。


最近骨髄バンクなどは ドラマや映画の影響で

多少周知されてきているのかもしれないが 

(今年3月末のドナー登録者数は 約243,000人である)

私の若い頃 よくCMで流れていた

『二十歳の献血』 というコピーは 思えば最近ぱったり聞かなくなった。


是非とも日本赤十字には もう少しPR活動にも積極的になってもらい

あまり気味の若者のパワーを分けてもらえるよう 頑張ってもらいたいものだ。

近いようで遠い大阪。

とりあえず近鉄で名古屋から難波まで行ってみたものの

手元には列車の路線図くらいしかない。

10年以上来ていない街は 全く見知らぬ土地と同様である。


街のペースに慣れるため とにかく地下街をウロウロと歩き回る。

そして書店なんかに入ってみたりして

その土地のもののようなフリをしてみるのだ。

多少 「溶け込めた感」 をつかめば 少し安心したりして。


極力 『大阪っぽいもの』 から離れるようにしつつ (通のフリ)

宿泊先にチェックインをして

待ち合わせ場所へ向かうのであった。


夕方、乗ったJRには やたらと若い女性の熱気。

あら、中島さんもずいぶん若い女性に人気が集中したのかしらと思いつつ

彼女らに目をやると

抱えたカバンには 『関ジャニ』 の真っ赤な文字。

どうやら同じ日、近くの別会場で 別のコンサートがあるようだ。

あら、そうだったのね・・・ ^^;;


世の中はゴールデンウィークが終わり 静かに日常がスタートした。

娘も久しぶりの学校や習い事に 夕方帰ってくるなり

「あ~、あと少しで今日が終わるぅ。一日疲れたよ~、早く寝たい」

などとぐったりした様子だった。


ところで 私はこの連休中、1泊2日で

娘を置き去りにして 大阪へ一人旅を敢行した。


実は大阪へ コンサートにでかけたのだ。

観に行ったのは 中島みゆきさんの 『夜会』

本当は娘と行くつもりでチケットをとったのだが

開演時間が20時と遅いため 小学生以下は入場不可だったのだ。

せっかく連休を利用して コンサート前後に大阪見物、USJなどを

満喫しようと思っていたのだが。


しかたなく 娘は実家で過ごす事となり

私は病院で同じく好きだという人を見つけ 一緒に観る事となったのだ。

同行者は当日も翌日も仕事があるため

現地集合・現地解散。

私はじっくりと丸2日、大阪の街を一人きりで堪能する事となった。