今日は静かに綴ります。
みなさんは
3.11を
どのように過ごされましたか?
私自身、改めて
9年前のことを
思い返しています。
40年近い人生の中で
一番パニックを起こしていたと思う
あの日。
東京にいた私ですら
「生きる」ということを
体感した日でした。
当時、私は
東京の某広告会社の総務部で
OLをしていました。
私の仕事は
オフィスの真ん中に設けられた
カフェカウンターで
朝食を用意したり
コーヒーサービスをしたりすることがメインで。
その時も
オフィスの真ん中にいました。
古い建物を
リフォームした所だったこともあり
オフィス内は猛烈に揺れ
危険を感じた社内の人たちと
階段を駆け下りて
外に出たことを思い出します。
その時
非常階段の壁の一部が
剥がれ落ち
今までにない恐怖を覚えました。
揺れが一段落し
オフィスに戻り
大画面に映し出されていた
津波の映像。
もはや現実だとは解釈できない
不思議な感覚で見送りました。
その後
社員の人たちが帰り
余震が残る
静かなオフィスで
パソコンなど
電気機器の切り忘れがないか
全社員分のチェックをし
先輩と二人
車の大渋滞が起こる町中を
延々と歩いて帰りました。
帰り道
駅という駅は閉鎖され
店も閉まり
お金は持っているけれど
何にもならない・・・。
今まで
「普通」だったことが
すべて一転し
命の危機が
迫っているわけではなかったけれど
「この先」なんて
実はないのかもな
どこかそう思いました。
その時
私が何度もリマインドしていたことは
大切な人たちが無事かどうか
ということでした。
今思えば
とてもシンプルです。
命があるということ
この
とてもシンプルなことが
私にとって大切なことでした。
そして
「農ある暮らし」
を描いたのは
その後、すぐのこと。
「お金だけ持っていても
生きていけないのかも」
その恐怖というか
気づきというか
予感というか
そこから
「農ある暮らし」
「食べる物を育てる暮らし」
をスタートさせました。
9年経った今
お米作りは実現したものの
のど元過ぎて
熱さを忘れてしまった感じが
否めません。
そして、さらに
4月から
お米作りをいったん離れることになりました。
環境、生活、関わる人
いろいろなことが
今まで以上に
急速に変わっていくと思います。
今以上に
あの時を忘れてしまうような
そんな気がします。
けれど
9年前に鮮明に浮き上がった
人を想うこと
命があること
食べる物を育てること
そのシンプルな自分の柱は
静かに
深く
立てていきたいです。
という
2020年の3月11日でした。
普段、口にはしないけど
みなさんにとって
大切なことは何でしょうか?
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