年明けは恒例のスロースタートにて
デスクを主に色々な雑務をこなす。
明日はプレゼンがあるので、お正月で鈍り切った身体を
なんとか持ち直さないといけません。
そして年明けから大変センシティブな表題ですが
先ほど偶然見たYahoo!ニュース。
栃木の学校での「いじめ」を題した記事から
「X」に流れ、そのいじめ動画を見る。
私的には一概にいじめ。というより
完全な暴力事件に写りました。
校内で人目につきづらいトイレでの喧嘩やイジメって
正直僕ら昭和の古い時代では結構ありました。
しかしながら、この時代に
まだこんな酷いことが起こっているんだ。と
悲しい気持ちになりましたね。
そしてその構図。というのも
昔から全く変わっていない。
加害者に至っては
まず相手に攻撃の意思が無いのを最初から知っている。
そういった相手をわざわざ選び
その上で暴力を振るっているわけです。
そして万が一、自分の身に何かあった時の保険として
周囲に仲間を配置する。という姑息な事をする。
学生においても
大人においても、個性や主張が衝突することって
時にあると感じますが
いじめというのは被害者にとって
対人間の言動ではなく
常にアンフェアーな環境で巻き起こるものかと感じます。
本当に強い人っていうのは
自分の理屈で言うと
人の弱さや自分の弱さをよく知った上で
強いものにも立ち向かっていく勇気を持っている人かと感じますね。
僕も学生の時、一度
学校に行ったら突然誰も口を聞いてくれない。って事ありまして
当日、少し心がザワついたのを今でも覚えています。
ただ、なんというか
当時、自分は団体行動がひどく苦手で
社会性みたいなものが人より培われてなかったと感じますね。
その制裁みたいな感じだったのでしょう。(他人事)
社会人野球の代表監督をしてる際もありましたね。
体育会系特有のマウントいじめ的なもんが。
その方は確か教育者であったのですが
真っ先にその方の家に行って
雷を落としたこともありました。
いじめって残念ですが先ず無くならないもの。として
「いじめを無くそう」って想いは当然大事ですが
それより
「いじめられたらどうするか」っていう
教育の方がよっぽど大事かもしれないですね。
報復を恐れて
先生に言えない。親に言えない。という方も
少なからずいる中で
とにかく第三者に相談しやすい環境と
もう一つ
これは法的な解釈かと感じますが
加害者側のリスクをより増やすことかと感じます。



