友達の子供が手術するらしい。


息子と同じ日に同じ病院で産まれた子。1歳。



友達は子供のある部分をずっと気にしていて、健診などで先生に相談していた。

「大丈夫ですよ、それも個性ですから」と言われていた。



でも10カ月健診の際に相談した先生に、

「大丈夫だと思うけど、心配なら安心する為にも、1度大きい病院でみてもらってもいいかも」と言われ、大学病院に行った。


結果、大丈夫ではなく、個性でもなく、病気だったらしい。



遅くとも年内には、全身麻酔で外科手術。1歳で。



将来的に不都合が出るので、必ず手術が必要な病気だし、いろいろ不安やリスクはあるだろうけど、早い段階でわかった事は良かったんじゃないかと思う。

就学前で、記憶が残る前に、治してあげられるんだし。


大丈夫と言われても、気にし続けていた母親のおかげだと思う。



でもその友達は診断された時、だいぶ落ち込んだようで、「元気に産んであげられなかった」と言っていた。



誰のせいでもない。ましてやその子のせいでもない。


多分それは頭のどこかではわかってはいる。

わかってはいるけれども、どうしてもそう思ってしまう。



母親とはそういうものなのだ、と私も母になり実感している。




私の息子も、1歳にしてすでに2回入院している。



生後2カ月で高熱が出て、入院した際は、本当に辛かった。

採血や点滴やレントゲンなど色々検査されて、今までに聞いた事がないぐらいの声で泣き叫んでいた。

部屋の外で待たされていた私まで泣きそうだった。



生後7カ月の時にRSウイルスと両耳中耳炎を併発し、1週間熱が下がらず、飲み薬だけでは追いつかず、入院して点滴で抗生物質を入れた。

小さい子への点滴は本当に大変なんだと思う。

何度も何度も針が抜けて刺し直し、その繰り返しだった。


退院する頃には、点滴の痕が痣のようになり、痛々しかった。

でもその分、息子は頑張ったんだ、勲章なんだ、と自分に言い聞かせた。



入院した以外にも、ちょくちょく熱は出している。



息子は予定より3週間程早く産まれた。

産まれた時も未熟児ギリギリの小さい子だった。



それもあるので、熱を出して苦しんでいる息子を見る度に、元気に丈夫に産んであげられなくてごめんね、と思ってしまう。




母親とはそういうものなのだろうな、と思う。




友達の子供も、手術して早く元気になって、また息子と一緒に遊び回ってほしい。

手術がんばれ。




息子。1歳。どうやら慎重派のようです。

誰に似たのか。



初めて階段を1段登った日は、そこから2段目には登れず、かと言って降りれず、1段目に座り込んで、怯えた顔で助けを求めてきました。




机やソファにも上るけど、足からゆっくりゆーっくり確かめながら降ります。

教える前から。



この前行った水遊び場では、最初からチャポンと入れたら、怖がって泣いてしまい、自分で手や足でしっかり確かめてから入ってました。



印象的だったのは、バナナで。

離乳食の最初の方は、お皿に移したバナナをフォークで潰して、スプーンであげてて。

前歯がしっかり生えてきた頃に、そろそろそのまま齧れるだろうと思って、皮を剥いて、私が持って、「バナナだよ」ってあげたら、全く食べなくて。

私が、「こうやって食べるんだよ」って目の前で齧って食べてみても、口の前まで持ってはいくものの決して口をつけようとはしなかった。

だからその場でちぎって、「いつも食べてるバナナだよ」ってあげたら、ほんの少し、ほんとにちょびっとだけ、齧って、バナナだ!って認識したらしく、そこから直接齧って食べてくれるようになりました。



つかまり立ちや手離しをしても、慎重にゆっくりゆっくり座る。



パッとしてドーンみたいなのは無い。

音の表現だけれども。


今のところソファやテーブルやベッドから落ちたりは無い。



親としては、安心してみてられる反面、男の子なんだし、体で覚えるというか、冒険心というか、そういうものを持ってくれても、、と思う気持ちもあったり。


ま、無いものねだりよね。



慎重に越したことはないわ。


健康に育ってくれる事が一番ですね。




独身時代は、自分の子はこういう子になってほしいみたいな理想はあったけれど、実際、子供を持つとそんな事よりも健康に育ってほしいと思うようになった。


将来的には、どんな職であれ、自分で稼いだお金で生活できる子ならそれでいい、と思うようになった。



人って変わるものですね。



今は息子と2人で生活中。


旦那さんが海外出張中なので。



3月から半年の予定で出張に行って、8月末には帰国予定。


最近までは、私と息子は、関西の実家に戻って生活していた。


でも、7月下旬に予定より少し早く東京の家に戻ってきた。



理由はいろいろある。


けれど「子供の為」という理由をつけてみても、それが子供の為になっているかどうかは、わからない。


実家から徒歩5分の距離に妹家族が住んでいる。

妹の子供たちと一緒に遊んでいる方が、息子にとっては良いのかもしれない。



でも、それでも戻ってきた。

結局は「子供の為」ではなく、「親の都合」なのかもしれない。



だからこそ、息子には寂しい思いはしてほしくないと思う。



妹の子供たちと遊べなくなってしまった分、子育て広場などに頻繁に行くようにしている。

他の子たちと遊んだり、水遊びをしたり、家にはない大きな玩具で遊んだり。




それでも時には、どうしようもなく泣いてしまう事もやっぱりある。


理由はその時々で様々だけれども。


そういう時こそ、しっかり向き合っていかなければと思う。



子育てからは逃げられない。

私が諦めてしまうと、息子は誰にも気持ちをわかってもらえなくなる。



私の気持ちの不安定さは、子供に伝わる。

私もちゃんと深呼吸して、ゆっくりな気持ちで接しよう。




今、息子は昼寝中。

昼寝前に少し怒ってしまった。

私が悪い。

息子が起きたら、ちゃんと謝ろう。


今は、息子には私しかいないんだ。

しっかりしなければ。



夜ご飯、頑張っておいしいの作ろう。