
おはようございます。
九州はいいお天気です。
わたしは基本的に後悔はしない人間です。
人生でいちばんしんどかったのが、12歳~13歳なんですけど、それがあったから今の自分があるわけで、そうじゃないと今仲良くしてる友達とも確実に出会えてなかったんです。
だから、辛いことがあっても「絶対必要なこと」だと思ってます。
ただ、そんなわたしでも一個だけ「後悔」してて「必要ない」と思ってることがあります。
祖母の他界です。
祖母は、よく喋り、よく歌い、よく働く人でした。
「話す」より「喋る」方がぴったり。
電話なんか本当にひどい。かけてきて喋って、わたしの「じゃあね」を待たないレベルで切る(笑)
そんな祖母が大好きで、そして、唯一「期待して欲しい」人。
祖母の前では、頑張ってて結果を出す、自慢の孫でいたかった。と気づいたのは大人になってからだけど。とにかく祖母は、誰と比べるでもなく、わたしだけを純粋に褒めてくれた。
学校単位だと普通の成績だったし、留学のときなんてクラスビリぐらいだったけど、それでも祖母は何でも「すごいね」って褒めてくれた。
高校受験
短大受験
海外留学
就職試験
どれも「すごいね」って笑って誇りに思ってくれていることが、真っ直ぐ伝わってきて、唯一手放しで甘えられる存在。
元気に生きていることが当たり前だと思っていて、祖母にもリミットがあることを忘れていました。
祖母と最後に話したのは、亡くなる2週間ほど前。夏の暑い日で、珍しく1日中祖母と過ごした日でした。
昼食を一緒に食べ、テレビを見て、アイスを食べ、ずっとずっと、本当にずっとお喋りしてました。
今思えば、まるでわたしと会うのがもう最後だと分かっていたかのような過ごし方でした。
時間がたくさんあったのはもちろんだけど、それでもやっぱりそう思わずにはいられない。
それから2週間後に母からの電話で伝えられました。
3年以上、地元から離れて暮らしていたので、祖母に会うのは年に5回以下。会わないことのほうが多かったので、未だに受け入れられてないところがあるし、まだ畑のどこかにいるよう。
祖母の他界に関しての後悔は、やっぱり花嫁姿を見せられなかったこと、ひ孫を抱いてもらえなかったこと、結婚どころか浮いた話のひとつも報告できなかったこと。
そして、最後会ったときに言ってた「あんたものど自慢大会に出てほしかあ」
祖母は、のど自慢が大好きで、家の中で縮こまった生活をしながらも「これだけは絶対にチャンネル権譲らん!」と言うくらい。
しかし、わたしは歌が下手なので、「下手だから無理だよ」と笑いました。それでも「みんなででたら特別賞ぐらい貰えんやろうか」と呟いていました。
なので、今のわたしの目標は、「のど自慢の予選を通過するレベルの歌唱力を身につける」です。
今日は、祖母の月命日。
お参りに行ってきます。


