佐藤亮子さんの新刊の予約が開始されたそうです。

「参考書は10冊買って1冊しか使わない」という見出しが表紙にありますが、文字通りの意味ではなく、以前、出版された本に、「参考書を買って、自分に合わないと思ったら、無理して続けるのではなく、思いきって、その参考書を使い続けるのはやめる」という内容の文章が書かれてあったので、そういうことなのではないかと推測致します。
昨今は、有り難いことに、参考書問題集要点ブック単語帳などは、豊富に取り揃っています。
となると、良本もあれば、悪本もある、ということになるわけで…。もしくは、前述の通り、自分に合う合わないも当然あるわけです。
参考書や問題集を進めていても、あんまり力になってないな、と思ったとき、どうするかについて、佐藤さんは、思いきって捨てる、という選択を提示されたわけですが、私はその姿勢、素晴らしいと思います。道を間違えたと思ったときに、間違った道を進み続けて、目的地とは真逆の場所に進み続けるのか、途中で引き返して、新たな道を進むのか、間違った道を進み続けて、ゴールに辿り着くこともないわけではないでしょうし、それはそれで意味のあることなのかもしれませんが、受験という最短距離を探す必要があるイベントでは、前者の方が些か得策のように思います。

私は、色々あって、受験どころではない人生を歩んできてしまったわけですが、それこそ、こっちの道に進みたいと思ったら、いつでも、今までのやり方を変えていいのだと思っています。

お子さんを東大に合格させたというある意味での成功者で在らせられる佐藤さんの成功の秘訣を知ることができたら、私も人生を歩むのがもっと楽しくなるのではないかと思っています。

こうやって言うと、語弊があるように聞こえるのですが、私は、佐藤さんがお子さんを東大に合格させたというだけで、興味を持っているわけではありません。
私が佐藤さんを尊敬しているのは(今、初めて言いましたが、尊敬してます)、佐藤さんの根本的な部分には、お子さんのことが大好きというお気持ちがあるからです。

他の保護者の方は、佐藤さんの本を読んで、「こんなことは、とてもじゃないけど、できない」と仰います。それはそうでしょう。佐藤さん、とてもじゃないけど、できないことをお子さんたちになさってます。コピー機をフル稼働、丸つけは親がする、3歳までに1万冊の本の読み聞かせを目標に1日10冊の読み聞かせ。正直、そんなん無理です。佐藤さんは専業主婦だから、と仰る方もいらっしゃると思います。確かに専業主婦は、フルタイムで働く女性より、お子さんに使える時間は多いでしょう、でも、それだけじゃないと思うんです。根本的に、佐藤さんは、お子さんのことが大好きです。大好きだから、丸つけぐらいやってあげたいし、色々な知識を与えたい、より簡単に受験当日を迎えさせてあげたい、そういうことだと思うんです。正直、私が中高生だった頃、丸つけをしているとき、これやってる時間あったら、もっと勉強できるのに、私はそう思ってました。でも、それを親にやってもらう、という発想はありませんでした。まあ、そういうことなんでしょう。その話は置いておいて、とにかく、私は、佐藤さんの受験対策の根本には、お子さんたちへの愛があると思ってます。佐藤さん、はっきり仰ってます。受験前に体調を崩したお子さんに対して、「今回は、受けられなくてもいいと思った」と。お子さんに、芸術やスポーツの才能があったら、その才能を伸ばすためのアシストをするつもりだったと。つまり、佐藤さんの考え方って、東大に合格させるかどうかの話じゃないと思うんですよ。お子さんをどう愛すか、どう接するか、の話だと思うのです。話が長くなりました。昨今、色々なことがあり、悲しくなるニュースも寂しくなるニュースもあります。ここ数ヵ月では、コロナウイルスで世の中が右往左往してます。そんなときだからこそ、ひとつの王道みたいなものを知っておくのもいいかもしれない、と思う私でした。以上です。





竹久夢二と言えば、「立田姫」があまりにも有名ですが、私は、「光れる水」や「秋のいこい」、女十題「木場の娘」、「憩い」の方が好きだな、と思いました。「立田姫」は、実際には有り得ない構造の体を敢えて描くことで、女性美を表現したとのことですが、なんだか私には、それが生きた人間を描いたものだとは思えなくて。「立田姫」を含めた夢二の美人画の一部は、顔つきもどことなく、病的で、見ていて、少し辛くなります。その点、「光れる水」は、後ろ姿で顔は分かりませんが、川の向こうを望んでいる様子に希望が感じられます。そして、「秋のいこい」は、少し健康的になった気がします。「木場の娘」に至っては、とても美しく、守ってあげたくなるような女性が描かれ、これぞ美人画という気がします。

それにしても、夢二は、思いの他、恋多き男性だったようですね。昔、不倫から文化とかそういうものが生まれることもある、と強弁したトレンディ俳優がいましたが、分かるような分からないような。