「産まれたよ~」、11月の早朝、病院から連絡が入り、私は神学校の家族寮から車で駆けつけました。
初めての子どもを授かり、‥私は胸をドキドキさせながらアクセルを踏むと、‥西の空に白鳥が朝日を浴びながら飛んで行くのが見えました。
「~なんて美しい朝なんだ~」
その子の名前を美朝(みさ)と、名付けました。
女、男、女、男と2つづつ離れて、4人の子どもを与えられました。
そんな長女のみさも成長して今は、‥地元を離れて茨城の看護専門学校で学んでいます。
高校受験の時の事です。
家内と3人で合格発表の掲示板をおそるおそるのぞくと、「あった、あった、合格です!‥やった~!」
娘の顔を見ると、ほんとうに嬉しそうな顔をしていました。
その娘が私に、握手を求める右の手を差し出したのです。
― 私は驚きました。 ―
<お父さん、おかげさまで志望の高校に受かりました。これまで、‥いろいろありがとう!>
娘の純粋な感謝の気持ちに接して、‥私は胸が熱くなり、‥そして走馬灯のようにこれまでの苦労が思い浮かびました。
寄宿型のフリースクールをしていた私たち家族は、里子の子や不登校、引きこもり、心の病を抱えた青年たちと寝食を共に一緒に生活してきました。‥毎日、いろんな事件が勃発します。
小さい頃からそれが当たり前だと思って育った子どもたちも、次第に自分の家は普通の家とは違うんだと認識するようになり、
思春期を迎えて、‥学校から部活を終えて疲れて帰ってくると、フリースクールの子どもたちがリビングを占領してくつろいでいる。‥長女は、自分の家なのに安心出来る居場所がなくて、‥「何度、本気で家出しようと思ったか‥」と。
「フリースクールの人は嫌いだ」「お父さんの仕事は、苦労は多いけど、報いは少ないし‥、もっとラクして楽しい仕事がいい‥」
普段から、家内にも娘にも並々ならぬ負担をかけて負い目を感じている私は、‥思いがけない娘の素直な気持ちに触れて、
「‥苦労が、報われた~、神さま、感謝します!‥」
幸せの絶頂に包まれて私は、‥差し出された娘の右の手を、ぎゅっと握りしめました。
すると娘は、一瞬顔色が変わったかと思うと、その手を振り払いました。
「‥‥?‥」
「けいたい!‥携帯貸して!、先生に連絡しなきゃいけないから‥」、、
<‥お父さん、ありがとう!>は、‥私の勘違い、妄想で、‥<携帯貸して!>‥の右手だったのです。
<穴があったら、入りたい‥>
そんな美朝も、高2の時に洗礼を受けて、将来は、‥看護師になって病院で修行を重ね、ジャイカの職員(医療スタッフ)になって、紛争などで困っている海外の子どもたちを助ける働きをしたい。と夢を抱いて勉学に励んでいます。
見よ。子どもたちは主の賜物、
胎の実は報酬である。
若い時の子らは
まさに勇士の手にある矢のようだ。
(詩篇127:2,3)
幸せの絶頂はのがしたけれども、‥前味はあじわいました。
今度は、新婦の父として娘と腕を組んで歩くその時まで、‥お預け。
もしかして、‥悲しみの絶頂‥?
(この記事は10年前に書いたものです)