人間は誰でもアイデンティティーを求める。自分が帰属するものを求める。デカルトの「我思う、故に我在り」というのを少し変えていえば、「われ所属する、故にわれ在り」ということだと思う。自分は何者でもない、というのが人間としてはいちばん不安なことなのだ。

と、言ったのは、作家五木寛之氏だ。

ヨーロッパのアーティストにとって、変節や変容は自己否定につながる。自分のスタイルができると、たとえそれを続けることを倦んだとしても、頑なに守り続けなければならないし、守り続けることによって、それはアイデンティティーとして尊重される。ところが日本人は次々と変節と変容を繰り返すことを「成長」「脱皮」という言葉で肯定的に捉える。日本人の変節・変容ぶりは世界の他国からすれば非常に奇異なことに感ずるに違いない。日本人はアイデンティティーが無いということがアイデンティティーだ。

と、言ったのは作曲家三枝成彰氏だ。

独自性や自己認識、他者とは違う独自の性質。また、自分を他者とは違うものと考える明確な意識をアイデンティティーと呼ぶ。変わらない確かな自分を意識していう場合は心理学用語「自己同一性」を用いることが出来、また自分が帰属する社会などを意識していう場合は「帰属意識」ということが出来る。

一般に、自分自身の個性という意味合いで、「自分のアイデンティティーを生かして有意義な仕事がしたい」とか「アイデンティティーを確立するのが難しい時代だ」という具合に使われることが多い。

一個人の人格として、環境や時間の変化に関わらず、連続する同一のものであること、時間的・空間的に一貫して存在している意識を持ち、それが他者や共同体からも認められていること、主体性、自己同一性を意味する。また、「企業のアイデンティティーを明確にする」などという具合にある人や組織が持っている、他者から区別される独自の性質や特徴を意味する。

アイデンティティー(identity)は英語に直接由来する語であり本来は「同一であること」「本人であること」といった意味を基本とする言葉で、「身元」「素性」という意味合いもある。

何にしても、この言葉は何気無く使われ何と無く漠然と自身が何者であるかを証明するべく使われているように思う。

何者であるかなど本来どうでも良いことだが何かにつけて、何者であるかが判断のある種の基準になっていることは否めないし、実際にちょっとした公的な申請などには身分証明、つまりはそれが基本情報であり、その存在証明が必須だし、そのような場合だけに限らず、何者であるかは肉体を抱え、物体として存在している限り、常に付いて回る概念でもある。

いちばん最初に疑問を抱いたのは幼稚園児の時だが、何故自分は自分だと認識しているのだろうと不思議でならなかった。意識と肉体とが同居し、その意識がその肉体の持ち主であるということを何故認識しているのだろう、勿論、幼稚園児が意識だとか認識だとか同居だとかいう単語で疑問を抱いていた訳では無いが、その頃からずっとその疑問が解けないまま、アイデンティティー以前、そもそも何故自分が自分だと認識しているのだろうかという疑問を抱えたまま今に至る。

絶対の個人、唯一の我にとっての人生の目的だとか、何の為に生まれて来たのか、いかに生くべきかいかに死ぬべきか、などと考える以前、私が何故私だと認識しているのだろうかも不明なのだから、人生そのものを思惟し構築していく意識すら持てないまま甘んじて、何も考えず、何も築かずに今に至る。

自らが意志的に何一つ積み上げてなどいないのに、結果的に鬱陶しいほど、私とおぼしき痕跡を残していることには嘆息というよりは苦笑しか無いし、たとえ私が何故私だと認識しているのだろうかが分かったところで、如何に生きるべきなのかなどとは考えないだろうなと思っている。

何しろ極めつけの面倒くさがりの横着者だから。

昨日、ヘッドスパで半醒半睡の中、それが特別なことで無く生まれてこのかたなにもかもずっとおぼろげなままだなと思い、いつの間にか覚めいつの間にか眠り、そのどちらでもありどちらでもないようなまま、時間が歳月を作り出して過ぎていることだけが確かだと思った。

wednesday morning白湯が心地良く全身に巡り渡る。

本日も。何も考えないまま。