梅や桜の開花が年々早くなっていくと既に三十数年前に発刊された『古今歌ことば辞典』の中に記されている。開花が早くなり、散るのも早いというのはずいぶん前からその兆しが有った。

蕾を見て開花を心待ちにはするものの、いざ咲いてしまえば、花の散るのは如何にも惜しい。

花が散るのを惜しみ、しばし蕾のままで居て欲しいと願う歌は古くからある。

「春されば散らまく惜しき梅の花しましら咲かず含みてもがも」(『万葉集』巻十・作者不詳)

「ふむむ」は含むの古語で、「ふふ」と頬とが同源ならば、「ふむむ」は口に物を含み、頬を膨らませた状態を言い、そこから木の芽や蕾が膨らむさまを表すようになったのかも知れない。

連想という道具を使い、言葉の意味を、そのように押し広げていくのが詩人の仕事なのだと解説にある。

近世以後に復活した万葉語のひとつで「濡れつつも見むとは思へど桜花雨の降る間はふふみてもがも」(本居宣長『鈴屋集』)は、せめて雨の降る間だけでも咲かないで欲しいと願う歌だ。

「そのかみの淀(よど)の馬場なる若桜ふふみにふふみ咲きにけらしも」(尾山篤二郎『草籠』)固く蕾んでいた花がまるで満を持していたかのように一度に開花した様子が「ふふみにふふみ」によって良く表されている。

柔らかな音の響きが美しい。

雨が続く。前日よりもしっかりと音をたてて降る雨に、昨日濡れる桜の木立を見上げると固く閉じていた蕾がいつの間にか膨らみ、今にも零れ咲く寸前だ。ふと本居宣長の「濡れつつも見むとは思へど桜花雨の降る間はふふみてもがも」を思い出した。

普段からあまり色々なことに気持ちが向かない。

色々というのはニュースの類いや娯楽関連に至る全てと人全般に関してだ。ごくごく薄く何かが起きているくらいには認識するがそれ以上の深追いをしないので、話題にはまるでついて行けないし、そもそもついて行こうとはしていない。

こと娯楽関連に至ってはまるで分からないので、しばしば周囲からは「日本に住んでいるとは思えない」とか「地球に住んでいないのでは」などと呆れられている。

もともと殆んどテレビを見ていないまま十代二十代三十代四十代五十代と何十年も過ごしているが六十代になりやはり全く見ていないし、ネット内もあまり閲覧していないので、ある意味、情報弱者だろう。とはいえ、情報にも色々有るし、情報には疎いが取り敢えず生活圏内に必要無い情報には弱者で十分だし、肝心なことは生身の身近な友人知人たちから朧気に得ている。朧気で丁度良い。

人に関しては友人知人であろうと全く関わりの無い他人であろうとその動向に興味が無い。

嗚呼、そうなのか、とは思うが、そこから先を勝手な想像で膨らませることは無い。

先走った感情で膨らませる想像というのは大概下劣だったりする。

そもそも想像はその人の語彙の組み合わせに過ぎない。語彙は体験やそれこそ何らかの形で得た情報だから、たかが知れている。などと言ってしまうと差し障りが有りそうだが、そのような狭隘な範囲を出ない想像は殆んど無用だ。何かがそれによって不足を覚えるということは全く無い。満たされているからでは無く、不足が無いということだ。

wednesday morning白湯を飲みつつまだ明けない空を眺める。

本日も。緩やかなまま。