沢山の方々のブログを見て
すごく感動してます。
こうやッて日本人全員が
手をつないで助け合えたら…。
みんなに触発されたので
私も自分視点で書きます。
11日の午後2:47
私は実車中で
茨城県→栃木県ぬけを
国道50号線で走ってました。
突然、バスが縦揺れバウンドし
すぐに横揺れ。
バスの中にいたから
余計に二重揺れ。
お客様の悲鳴と
国道沿いのお店や歩道から
かなり悲鳴があがり…
二分間揺れました。
ハザードをたいて止まってたケド
地震が落ち着いたので
お客様の安否確認をして
佐野まで走り続けました。
すでにこの地震から
茨城県と栃木県南部は
停電して信号機は止まり
国道はパニック状態。
国道沿いの建物内にいた人達は
なんとか脱出出来たようですが
みんな地面に座り込み
泣いていたり放心状態でした。
すぐにでも恐怖につつまれてる
その方々に声をかけて
励ましたかったけど
私と運転士はバスの中に
21名様の命を
背中に預かってる。
まずは自分達が21名様を
無事に東京まで
送り届けることが最優先。
打ちひしがれてる地元の人達に
目を背けて…
佐野プレミアムアウトレットへ。
佐野プレミアムアウトレットで
震度6強だッたことを確認。
午後4:30に一般道で出発し…
東京駅についたのが
翌朝の4:30でした。
一般道の水戸街道と日光街道を
運転士が頑張ってるときに…
まだ街は停電していました。
信号機も機能せず
そこら中で事故が起こり
悲惨な状況でした。
しかし、突然車の流れが
一時的に良くなり
「停電回復したのかな
」と思ったら…。
違いました。
各交差点にたっているのは
栃木県民と茨城県民でした。
複雑な交差点に警察官と自衛隊。
大人の男性かな
と思ったら学ラン姿の中学生や高校生と
お爺さんたちでした。
不慣れなはずなのに…
免許もなくわからないのに…
不安な顔をしながらも
一生懸命、中学生と高校生が
交通整理していました。
街は停電し、
建物は一部崩壊してるのに…
ご飯だッて食べてないだろうに…
震度6強の地震を
体感したあとなのに…。
被災者の方々が
被災者でない人々の為に
一生懸命交通整理してました。
お客様を背中に
背負ってるのに
運転士にバレないように
涙をかみ殺していました。
被災者の方々が
避難もしないで
二次災害を防ごうと…
家に帰る人達を
送り続けてて。
被災者の方々は
帰る場所さえ
失ってるのに…。
確かに私も一睡もせず
眠くなるから食事もせず
いたけれど…。
つらい気持ちがあったけど
そんな自分に自己嫌悪。
眠いし化粧ボロボロだけど
私に出来ることは
お客様の前で笑顔でいる事しか
なにもできなかった。
本当に…被災者の方々に
感謝と罪悪感でいっぱい。
これはあくまで
私が見て体感したことだけど。
東北の人達は
もっとつらいはず。
私の身内は福島県と秋田県。
秋田の親戚は全員
連絡つきました。
1人怪我をしてるけど
大事には至ってないッて。
福島県の身内は…。
まだ連絡ついてない。
けど、大丈夫だと信じて
待ち続けます。
今、すぐに出来ることは
節電をすること。
なんでもいいから
義援金に賛同すること。
電話をしないで
本当に困ってる人達の
110や119番、171番が
つながるようにすること。
余計な不安要素を仰がないこと。
日本人みんなが
手を繋いで助け合うこと。
私も自分に出来ることから
少しでも力になれるように
したいと思います。
どうか…これ以上
被害が拡大せず
多くの被災者の方々が
助かりますように…。







