クラスは全員で36人くらいで、それを6班に班わけしていた。
体育のドッヂボールなども班対抗だし、なにかと班ごとでの活動が多かったため、班の人員構成はとても重要だった。
他にも1週間単位で、忘れ物や宿題をやってこない人が多かった班は、連帯責任で班全員が宿題を増やされるなんてこともあった。
忘れ物の数をどうやって集計するかというと、模造紙にひとりひとりの名前が書いてあり、宿題を忘れたり、忘れ物をしたら名前の横にシールを貼っていくという方式。
まるで営業マンのノルマ達成率の表みたいな。
恥ずかしながら私は、名前の横にズラーっとシールが並んでいたので男子に
「忘れ物クイーン」
というあだ名をつけられていた。
女子はみんな、お調子者で明るい私と仲良くしてくれた。
しかし男子は忘れ物が多い私を嫌っていたので、暴力をふるってきたりいじわるをしてきた。
頻度は覚えて無いけど、定期的に班替えをしていた。
その班替えが選抜方式。
当たり前だけど、班の足を引っ張るようなやつは最後まで名前は出てこない。
毎回、私と佐藤くん(仮名)、山田くん(仮名)が残ってしまう。
私は忘れ物が多いから、
佐藤くんは運動神経が悪いから、
山田くんは忘れ物も多いし、たぶん少しだけ知恵遅れだったかもしれない。
男子たちは「またsaiと佐藤と山田かよー。」「うちの班には絶対来るなよ!」とか口々に言っている。
先生「はい、では残った3人はそれぞれの班長さんのところへ行って班に入れてもらえるように頼んでください。」
小学校低学年の女の子と男の子が、泣きながら頭を下げて「班に入れてください。」と断られながらも懇願する姿たるや。
だったら忘れ物するなよって話だけど、本当に頭が弱い私は、なんでこんな見せしめみたいなことされなきゃいけないのって毎回胸が苦しかった。
私は女の子には好かれていたので、女の班長さんのところへ行きお願いをしたら班に入れてもらえた。
もちろん男子は「おい、お前なんていらねーよ!」「くんなよ!足引っ張るようなやつはくんな!」とか野次を飛ばしてた。
班長の女の子は小さい声で「気にしないでね、私はsaiちゃんのこと大好きだからね。」みたいなことを言ってくれた。
その子の優しさに感激して、また大泣きしたことを覚えている。
佐藤くんや山田くんもだいぶいろんな班長さんに断られたけど、泣きながらお願いしてなんとかそれぞれ班に入れてもらえていた。
班替えのたびにこれ。
いや、ホント、そんなに嫌なら忘れ物するなよって話だけど、それとこれと話が繋がらなかったんだよね。
自分はたぶん若干ADHD気味なのもあると思う。
何が後味悪いって、先生が教育熱心な素晴らしい教員ってことで、地域では話題の先生だったこと。
確かに、組織の一員としてやるべき事をやらないと他人に迷惑がかかるし、恥ずかしい思いをする。
中にはそういう人間を嫌う人もいる。
ということは良くわかった。
ただ、それは中学生くらいになってやっとわかってきただけで、そのころは本当に自分がなんでこんな目に遭わなきゃいけないのか理解できていなかった。
私は女だからまだ良かった。
佐藤くんと山田くんは、高学年になってクラス替えをしたあともずっと、その名残でみんなから虐げられてた。
小さなうちに、自分はみんなから嫌われている、いらない人間なんだ。ダメ人間なんだ。
って思いを子どもにさせるのって教育的にどうなのかな。
先生が根気良く、子どもたちが宿題ができるようにそれぞれの苦手な部分を一緒にやってくれる、とかいう工夫をすることは無かったのかな。
なんでいま自分達がみんなから虐げられているか、理由を理解できるように声かけするとかあったろうに。
そんな先生が教育熱心と評判だったことがなんとなく、後味悪い。
