「卒業」
きっともうこんな言葉を使うことってないんだと思う。
俺は今日3月25日に大学そしてサークルを卒業する。
俺にとって大学ってなんだったんだろうって今思う。
さして特に勉強したこともない。
授業だって強制ではなく能動的に動かなければ何もうまれない。
そうすれば辿る道はまさに堕落。
そう考えると俺は大学生活で能動的に動いたことはひとつを除いてない。
そのひとつがサークル。
俺にとっての大学生活ってサークル生活そのもの。
俺は大学生活の4年間をサークルに費やしたと言っても過言じゃない。
人に言わせればひとつのことを続けることがすごいという人がいる。
でもそんなこと俺から言わせれば簡単なこと。
だからサークルでサッカーをやり続ける事だって難しいことじゃなかった。
そんな大学生活すべてを費やしたサークルも今日をもって正式に卒業。
時間が過ぎるのって本当に早い。
憧れてた先輩たちがどんどん卒業していって気付けば自分の番。
色々考えるとやっぱ感慨深い。
俺はサークルが特別好きじゃなった。
同期には大好きで大好きでたまらないとか自分らしくいられる場所とか思ってる人も
いるっぽいけどそんな感情を俺は持っていない。
それでも俺は4年間やり通した。
幹事学年の3年が終わった4年でも行った。
なんだろう、やっぱ感謝って気持ちを今はすごい持ってる。
お金かかるし拘束される時間も長いしダルイ・・・
この意見は大多数のものだと思う。
でも俺から言わしたらサークルというカテゴリーに置いてサッカーが真剣にできる環境は
すごい恵まれてることだと思うし贅沢だと思う。
実際に大学で真剣にサッカーをやりたいと思ってもそういう環境を探せないでいる人も多い。
そう考えたら贅沢だって。
もちろんその環境に慢心して過去の栄光に浸って向上意欲を失えば
そんな環境も意味のないものになっちゃうと思うけどね。
こういうサッカーを真剣にできる環境を与えられたことをすごい感謝してる。
そして漠然とした何かを得て少しでも成長できたことも感謝してる。
結果が出なければ確かに今まで何やってきたんだよ・・・
とか悲観的にもちろんなるけどやっぱ得るものってある。
具体的に何を得たかは相変わらず明確にすることってできないけど絶対にあると思う。
勝負の世界だから結果を残してなんぼ。
もちろんそうだと思う。
無冠って呼んで字のごとく勝負の世界において俺らの代は最悪の結果を出したわけだけど
その結果におけるアプローチにおいて妥協はしなかったと思うしこれが実力。
タイトルをひとつでも獲りたかったのは事実。
1個下の代が2冠も獲って嫉妬したのも事実。
そういう結果の中でも密度の濃い時間を過ごしたと思える自分にとって
得るものがなかったと言えることはできないし確実に成長してる自分がいる。
この経験、得たものはこれからの人生に存分に活きていくと思う。
ってか活かさない手はない。
あとは同期の面々にも感謝してる。
特別にウマが合う人が多いというわけというわけでもない。
何かと距離を置いていたのも事実。
卒業したあとみんなと頻繁に顔を合わせることも想像できない自分もいる。
そんな同期ではあったけどやっぱ感謝の気持ちがたくさんある。
こんなに未熟な俺を信頼してくれて与えてくれた副キャプテンという役職。
サッカーという面において感じてた絶大な信頼。
怪我をして本当に死にそうになってた時の些細な言葉。
前期納会で俺のために泣いてくれたバカマネ。
まぁ感謝したらキリがないってね。
俺らは確かに遅刻も多い代だったしだらしないって言われたら文句も言えなかった。
無冠って最悪の結果でもあった。
でも俺は4年の時も強く思ってたけど俺らの代が1年を通じてやり続けたことって間違ってなかったってこと。
結果は無冠だったし改善の余地がなかったかっていったら嘘になるけどそのアプローチって言うか
考えの根幹に持っているものに関しては間違ってなかった。
この考えは矛盾しているようだけど俺はそう思える。
そうやって1年間みんなで本当に心の底からひとつの目標に向かって頑張れたことは
卒業を迎えた今、ひとつの財産と言っても良いのかもしれない。
この4年間は本当に感謝感謝の4年間。
サークルに入ったことを後悔したこともそりゃあった。
今でも思うことってもちろんある。
でもこの感謝の気持ちを抱くことにやっぱ変わりはない。
人だとか環境だとかサークルに関わるもの全てに感謝。
本当にありがとうございました。
俺は今日、早稲田大学、そして、稲穂キッカーズを卒業します。




