一般的にボランティアといえば無償で何かをする人と思われている。


確かに無償で何かをするという人がいるのだけど、それだけではない。


ボランティアといえども組織が運営していくにはお金がかかる。


人に対しては無償なのに、場所代だったり、通信費、光熱費なんかは普通に必要となる。


組織が多ければ多いほど、このような諸経費も当然高くなる。


利益を目的としていない組織なのにお金が必要になることもどうなのかとは思うんだけど・・・


お金がなければ結局何も出来ない・・・


こういった運営費を寄付金といった形でまかなう。


企業だったり個人だったり色々いるのだろうけど、このようなお金を払う人も立派なボランティア。


不況で企業の寄付金も少なくなったり、やっぱり普通は寄付金という行方の不明確なお金を出すことに


抵抗ある人もたくさんいる。


だから、運営も厳しいんだと思う。


かといって利益を求めるとなるとボランティアという意識とは少し違う感じがします。


千円寄付する人も、何万円寄付する人もボランティアには変わりない。


金額は、寄付する人のそれぞれの状況で違いがあるだけで多く払うから偉いとかそういう事ではないと


思います。


払うから見返りを求めるなんてボランティアの組織としては無理な話。


だって利益上げようとする事業ではないんですから・・・


行動する人も寄付する人も全ては気持ちの問題。


そして行動する人・お金を出す人、両方いないとボランティアは成り立たない。


どっちが偉いとかではなく両方が同等の立場にいてこそ組織が成り立つ。


どちらかが偉いとか上下関係を作ることなくバランスと保っていくことが大切なんだと思います。


すみません。ちょっと愚痴っぽくなってしまいました。。。


とにかく今を大切にしていきたいです。

















自分がどんな人になりたいか、理想や夢ってあると思う。


でも、全てがその通りになるわけではない。


自分の進んだ道だったり、周りの人間関係、人との出会いとがで思っている方向と違う道に進む事もある。


それが、自分にとってあっている道なのならばそれもきっと縁なんだろう。


でも、自分で何か違っていると感じていたならば・・・


私の場合、大きくなって気付いた。というよりも以前から気付いていたけど行動に起こすのが遅かった。


それでも、自分の選んだ道を進もうと思い行動を起こした事は自分にとってプラスになっていると思う。


今でも思い通りの道には届かないけど、理想に近づけるように日々、自分磨きに励んでいます。


いろいろな人との出会い、そしていろいろな人のお話によってね。


適度に悩む事も絶対必要!だけど、悩んでいるだけでは進まない。遅くならないうちに行動しなくちゃ。


結果、良くも悪くも行動するっていうのは自分にとって大きな財産になるんだからさ。

子供の頃は短冊に色々と願い事書いていたけれど、大きくなるにつれてそういうことをしなくなってく。


普通なんだけどさ。


でも最近は七夕の時には、ちょっとした事を考えるようにしている。


神様がいるとかいないとかっていうのは判らない。もちろん織姫や彦星も同じ。


でも人間っていつかは必ず死んでしまうし、その心(魂)はどこかにあるのかもしれない。


家族や友人・知人の好きだった人にはどこかにいて欲しいと思うし、見守ってくれていると信じている。


実際はどうなのかわからないけど、そう信じていることで自分の行動がプラスになっていると思うから信じ


ている。


話がそれてしまったけど、1月1日と7月7日、そして自分の誕生日にはここ数年、自分を見つめるように


している。


今までの自分はどうだったか、今一番何がしたいか、これからどういう人間になりたいか。


毎年考えるけど年をおうごとに大きな自分になっていきたい。


駄目なところをみつけてこれから直していく。そして新たに目標に向かって歩いていく。


一度きりの人生だし、昨日にはもう戻れないのだから明日に向かって歩いていく。


こんなこと普段じゃ考える事ないからね。。。でも立ち止まって考える事も自分を見つめる事には必要な


事だと感じるようになりました。


私にとっては今日はそういうスタートの日でもあるのです。