ご無沙汰しております。
何度となく卒業を諦めた娘が、
この春とうとう大学を卒業いたしました。
4年前のあの時、

先生にお会いしていなければ、

この日を迎えることはなかったでしょう。

私にとりましても、

先生との出会いは、

大きな人生の転機でした。

先生にお会いして、

衝撃が二つありました。

まずは、先生はなんて生き生きとして

いらっしゃるのだろうと感じました。

学生のために、こんなにも自分の時間を

費やしておられることに驚きました。

しかも情熱を持って。

それまでの私は自分の事ばかりを考え、

疲れないように体力を温存し、

やる気も出ず、

時間があればゴロゴロするような、

自堕落な日々を淡々と過ごしておりました。

それに比べて、

先生は私よりも先輩でいらっしゃるのに、

夜遅くまで学生に付き合い

精力的に活動しておられ、

私にはその体力と気力が、

何とも羨ましく思えたのでした。

私もそのように夢中になり、

体力気力が湧き出るような、

「何か」が欲しいと思いました。

もう一つの衝撃は、

「見方」でした。

私は娘をもとに戻そう、

娘を変えようと躍起になっていました。
でもそれは難しい事であると、

わかった時でもありました。

そうであるなら、

諦めて受け入れなければと、

それが愛情であると、


本人がもう大学に通えないと言うのなら

退学もやむなしと、

それを伝える為に

あの日は先生に会いに伺ったのでした。

先生は、

娘を変えるのではなく、

取り巻く環境を変える

という考え方を示されました。

「〜できるためには、何が必要だろうか」
このような見方は思いもよらず、

すっかり先生の虜になってしまいました。

それ以来、

そのような考え方が、

出来るようになりたいと思い、

福祉を学ぼうと思い立ちました。

この二つの衝撃で
私は通信制大学に編入し、

精神保健福祉士を目指す事に決めたのです。

通信大学2年間の学習中は

常に先生の娘への対応を参考とし、

理解の助けとさせてただいてました。

現在娘は、

就労移行支援サービスを利用しながら、

障害者雇用枠で就職活動を進めています。

私は娘の

「障害者として就職したい」

という思いを受け止め、

事業所までの交通費だけ出して、

口は出さないように努めております(笑)

私は窓口パートとダブルワークで

障害者(主に知的精神)グループホームの

夕食時スタッフとして

週2で3時間ずつ働かせていただいてます。


精神保健福祉士として実務経験を積み、

いずれはサービス管理者になりたいなどと

考えています。

息子も春から作業療法士を目指す大学生となり、

1人暮らしをする事になりました。
前進する子供達の妨げとならないよう、

私も自分の道を前進し、

自分の人生を生きたいと思います。

先生にお会いできて、
本当に感謝しています。
機会を与えてくれた娘にも感謝です。

娘にこんな経験をさせてしまった

環境を作ったことの後悔は拭えませんが、

この経験がなければ

見えなかったものがあるのは確かです。
得たものを大切にします。

そしてこの文章を大切に保管します。
こんなパラダイムシフトは

二度とないと思うほどのものですが、

気をつけないと元に戻りかねないので、

時々見返して内省します。

私の先生に対する印象は、
「命を燃やして生きている」
です(語彙が少なくてすみません)。
私も先生を倣い

「やろうと思った事は、やる」

をモットーに、

生き生きと過ごしていきたいです。

長々とすみません。
いつかお伝えしたいと思っていた想いを、

つらつらと綴ってしまいました。

どうか先生、いつまでもお元気で。
沢山の悩める親子に

多くの気づきを与えて下さい。

私の脳裏には先生の笑顔が焼き付いています♪