この時期、必ず考えることの一つに来年もこの仕事を続けるか否かということがあります。



その度に私は何故この仕事を選んだのか。
何者になりたかったのか。
この場所に居続ける意味を自分自身に問います。





そもそも私がこの保育という仕事を選んだ理由。
子どもがただ単純に好きだからではなかったです。





親から離れ、1日を過ごすことは子ども達にとって容易なことではないですよね。
不安で泣きたくて淋しくて。



その気持ちを1番に汲んであげる
拠り所になってあげる
そのあてもない不安の一片をすくいあげてあげられた瞬間、自分はこの子にとって今、必要とされている人間なのだと何よりも私自身が思うのです。

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誰かに必要とされる事こそが自分の存在意義を感じられると思うのです。
うん、昔はそれが1番強い理由でした。


必要とされている実感が欲しくて、この仕事に就きました。










でも6年経った今、様々な事を経験し、出会い、少し考え方が変わってきました。

  

日々変わりゆく中で、目まぐるしく成長していくその姿をただ近くで見つめていたい。
楽しいことは一緒に笑いたいし、驚いたことは共感してあげたい。

新たに見る世界の多くの瞬間に少しでも立ち合いたい
そんな風に思っています、素直に。


先生 としての在り方はあると思います。
もちろん、あらねばならない姿も。
でもそれはほんの少しでいいと思っていて。


私という人間のまま、大切だと思う事、感情をつぶさに伝えていけたらそれだけでいいかなって。

子ども達が私との時間が、得た感情が腑に落ちるか落ちないかは別として、こんな人もいたな〜位の感覚で記憶に残れたら本望位の感じです。


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自分が自分らしく在り続けること。
自分は自分でいいのだとわかってはいてもなかなか気持ちのベクトルがそこまて向かわないこともあるけど。。


それでも良し悪しどう足掻いても変えることの出来なかった自分で今生きてます、少なくとも私は。
だから色んな自分を自分自身でもう丸ごと愛していこうと改めて思うのです。




わからなくなったら、たまには立ち止まって振り返ってみるのもいいですよね。