戦国乙女
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戦国乙女 第7章《ヒデヨシ1》

後日と言っていたヒデヨシからの使いは、早速次の日に到着した。馬車と馬に乗った数人の兵士達の一団だ。

一団の中で一人だけ小袖を着ていた使いの者は、ハンベエと名乗った。

葵はタダカツと共に馬車に乗り込んだ。後ろからは数人の供が馬で続き、先頭を行くハンベエを案内役にする形で一行は進んで行った。

初めて乗った馬車の乗り心地は思ったより悪いものではなく、隙間から見える牧歌的な景色や土の香りは葵の心を和ませるのに十分な物だった。

―風が気持ち良い・・・・
窓の外の景色を見ながら葵がそう感じていた時、林の入口の付近で先頭を行くハンベエの馬の足が止まった。

「どうなされました?何かございましたか?」
タダカツが馬車から身を乗り出して叫んだ。


「いえ・・・・ここらで小休止しましょう。城迄はまだもう少しありますし」
タダカツの問いにハンベエは静かな口調で答えた。確かに馬を停めるスペースと、照りつける日差しを避けるための日陰があるこの場所は、休憩するにはもってこいだ。


「ですが・・・・」
タダカツだけは少し不服そうだったが、取り敢えずハンベエの提案に従う事にして、一同は一旦休憩する事になった。葵も馬車から降りて、タダカツ等と共に近くの木陰に腰を下ろそうとしたその時、

―えっ?
ふと頭上に気配を感じた葵は、気配を感じる方に視線を向けた。

―んっ?あの木の上・・・・誰か居る?
逆光の為良くは見えないが、葵達が休憩している木の隣の木の枝の上に何だかぼんやりと黒い影の様な物が見える。

「へっへへー、もう見付かっちった。さっすが、イエヤスちゃん」
葵の視線に気付いた黒い影が声を発した。幼い、少女の様な声だ。

「あなた・・・・誰なの?」

「じゃあ、行っくよー!!!」
葵の問いには答えずに、黒い影はそう叫ぶと、枝の上で一瞬タメを作る様な仕草をした。


―まさか・・・・あそこから飛び降りる気なの?

木の上から地上までは5メートル以上はある。そんな高さから飛び降りたら普通ただでは済まない。


「ほいっ!!」

果たして葵の予想通り、影は掛け声と共に枝の上から宙に向って、全く躊躇する素振りも見せずに力強くジャンプした。

影がジャンプした瞬間、その頭上で大きなハンマーの様な物を振りかざしているのが葵の目に入った。

「危ない!!」
葵の叫びで一同が慌ててその場を飛び退いた瞬間、大量の砂ぼこりを巻き上げて大地に強烈な衝撃が走った。

「ううっ・・・・」
危うく難を逃れた葵が振り返った先は、まだ大量の砂塵がまっている。


―えっ??????
漸く収まってきた砂ぼこりの中から現れた人物の顔を見て、葵は一瞬言葉を失った。


―あ、亜美ちゃん???
ツインテールに結んだ赤茶けた髪。パッチリとした大きな目。悪戯っ子の様な笑顔から覗く八重歯。

葵の視線の先に佇む少女の顔は、紛れもなく行方不明になっていたはずの、幼なじみの亜美そのものだった。違うのは服装と手に持っている特大の大槌位だ。

余りの出来事に、動揺を隠せない葵の口からついて出た言葉は、葵に更なる驚きを与えた。


「ヒデヨシさん・・・・」

戦国乙女 第6章≪使者≫

「んっ、んんっ?」

葵が目を覚ました時には既に日が高く昇っていた。

―やばい!大遅刻だーー!!
慌てて飛び起きようとしたが、すぐに周りの景色がいつもの見慣れた自分の部屋とちがう事に気付いた。

―やっぱり昨日の事は夢じゃないんだ…。学校が無いんだから遅刻も無いよね。なに勘違いしてるんだろ私…。

葵は寂しいようなほっとしたような気持で、ゆっくりと起き上がると『うーん』と大きく伸びをした。

いつの間にか用意してあった服に着替え、寝ぼけ眼をこすりながら戸を開けると、既にそこには昨日の侍女が座っていた。

「おはようございます」
葵は侍女に挨拶をした。侍女も『おはようございます』と返した後で、『何をなさいますか?』と尋ねて来た。

「えーと、顔を洗いたいんだけど」
「かしこまりました。では、こちらへ」

侍女に案内されて水場に行き、冷たい水で顔を洗うと途端にお腹が空いてきた。無理もない。葵は昨日の晩は何も口にしてないのだ。

「あのー、食事はどこで出来ますか?」
「準備は出来ております。こちらへ」

再び侍女の先導のもと、案内されて着いた先は食堂の様な広間だった。いくつかの机と椅子が整然と並べらている。しかし、そこで食事をしている者は誰も居なかった。

葵が促されるまま席に着くと、先程とは別の侍女がおにぎり2つと味噌汁をお盆に載せて運んできた。

ぱくりと頬張ると、これが思ってた以上に抜群に美味しい。塩がふってあるだけのシンプルなおにぎりだが、ほかほかのご飯に塩味が絶妙に効いていてご飯の味を引き立たせている。味噌汁も普段、葵の母が作ってくれるのより若干塩辛いのだが、これまた美味しい。

食後の熱いお茶をゆっくりと飲み終わった後、席を立って広間の外に出た。すると、外で待っていた例の侍女が『タダカツ様が大広間でお待ちです』と声を掛けて来た。

「タダカツさんが?」
「はい。ご案内致します」

長い廊下を渡り、階段を上がると大広間の入口があった。戸を開けるとタダカツや他の家臣達が両脇に鎮座している。葵はその真ん中をしずしずと通り、上座にある一段高い場所に座った。本当は気恥かしかったが、侍女やタダカツがそのように勧める為、仕方なくそうしたのだ。

葵が座ったのを見届けると、おずおずとタダカツが葵の前に出て来た。
タダカツは葵に恭しく礼をすると、ゆっくりと口を開いた。

「イエヤス様。ご報告がございます」
「報告?何?」
「ヒデヨシ殿より使者が参っております」
「ヒデヨシ…さん?ヒデヨシさんってやっぱり豊臣秀吉?」
「左様でございます」

『使者をこれへ』というタダカツの声に合わせて、一人の女が広間の入口から入ってきた。女は入口のすぐ先で止まり、座って葵に深々と礼をした。礼を終えると衣服より書状を取り出し、大きな声で読み上げ始めた。

「親愛なるイエヤス候……」

書状の内容は、同盟して一緒に榛名を探そうと言うものだった。会って話したいので、先ずは葵に自分の城に来て欲しいと。

「えっ?同盟?ヒデヨシさんと?」

『うーん?』と葵は考えたが、よく分からなかったので目の前に居るタダカツに尋ねてみた。

「どう思いますか、タダカツさん?」

『そうですな』と言って、タダカツは落ち着いた口調で答えた。

「トヨトミとトクガワは旧知の仲。これは罠ではありますまい」

『わかりました』とタダカツに答え、葵は再び使者の方に向き直した。

「使者さん、では私はヒデヨシさんに会いに行きます」
「ははー、有り難き幸せ。我が君も喜びまする。後日、案内の者を寄こしますので」

使者はまた、深々と一礼をすると、『これにて』と言って去って行った。

使者が去って行った後、葵はタダカツにヒデヨシとはどういう人物か尋ねてみた。

「ヒデヨシでございますか?可愛らしい童女の様ないでたちですが、大変な怪力の持ち主でございます。自分の身の丈程の大槌を自在に操る、類稀なき武力を持った武将でし。ただ、先程申したように、トクガワとトヨトミは以前から友好的な関係を持っておりますので」
「ふーん」

自分が知っている豊臣秀吉のイメージとは何だか全然違うみたいだけど、仲が良いのなら大丈夫そうだし、何より榛名の手がかりがまた一つ増えた気がして葵はちょっとわくわくした。

戦国乙女 第5章≪オカザキ城≫

タダカツに導かれ葵は城へと入った。城の名前はオカザキ城と言うらしい。門の前では数人の女性武将達が出迎えてくれた。皆、初対面のはずだが、何となく以前から知っている気がした。おそらくイエヤスの記憶だろうと葵は思った。

彼女達の名前や役割の説明は主にタダカツがやってくれたが、中には自ら自己紹介してくる者も居た。トリイモトタダやハットリハンゾウ等がそうだ。彼女達はタダカツとはまた違う役割を担ってるようで、葵と軽く話をした後はいつの間にか居なくなっていた。

場内の施設も一通りタダカツが案内し、説明してくれた。外見は確かにテレビや本で見た様な戦国風の城なのだが、中は比較的今風の感じで葵は少しほっとした。

案内が終わるとタダカツが、食事にするか風呂にするかと聞いてきた。ちょっとゆっくりしたかったので、葵は『少し一人にして欲しい』と頼んだ。

タダカツは『分かりました』と意外なほどあっさり了承し、葵を部屋へと案内した。

「こちらでおくつろぎ下さい。用があれば部屋の外へ出てこの者へ」
そういってタダカツは一人の侍女を紹介した。

「この者は常にこの部屋の襖の外に居りますので」
「えっ?良いですよ別に。悪いわ」
葵はそういって断ろうとしたが、結局タダカツに押し切られてしまった。

侍女に断わりをいれ、部屋に入って一人になるとどっと疲れが出てきた。無理もない。今日有った出来事は、昨日までの葵からは想像出来ない物ばかりだ。ごろんと横になって天井を見上げるとふと寂しい気持ちになってきた。

―みんなどうしてるかな~?お母さんやお父さん、綾子も心配してるだろうな……。
思わず涙が出そうになるのを葵は必死に押し留めた。
―ダメダメ、悲しんでいてもしょうがないわ。何とかして帰る為にがんばらないと。
葵は先ずは今日有った出来事と考えを整理してみようと思った。

―鍵はやっぱりあの赤く光る石、榛名よね。もう一度あの石を見付ける事が出来れば……。
葵の中にある「イエヤス」の記憶も、あの光る石が榛名だと告げていた。ただ、どうやって見つければ良いかは分からない。

―タダカツさんに聞けば分かるかしら。それにテンカイさん、あの人は何か色々と詳しく知ってそう。また逢えるとは言ってたけど……。そういえばあの人は私の事を『イエヤスじゃない』って言ってたわ。
葵はテンカイの言葉を思い出し、どういう意味か考えたけど結局、答を見つけ出す事は出来なかった。

取り敢えず、タダカツに榛名の事をもう一度詳しく聞こうと思い、葵は立ち上がった。


―あっ!でもその前に……。

―今日は走り回って汗もかいてるし。
葵は先にお風呂に入ろうと思い、部屋の外に出た。すると、タダカツが言ったとおり侍女が中座して待っていた。

「あのー、私お風呂に入りたいんですが」
葵は次女に話しかけた。

侍女は『分かりました』と言って、葵を風呂場まで案内してくれた。自宅の風呂よりも何倍も広い、温泉宿の様なお風呂だ。
温泉かしら?と呑気に葵が考えていると、次女が『湯浴みの準備を』と服を脱がしにかかった。

「ええっ??いいです、いいです!!自分でやりますから!!!」
「ですが……」
「いや、本当にいいですから!!」
思わぬ事態にびっくりした葵は、慌てて侍女を制した。

「そうですか。では着替えと手拭はこちらに置いておきますので」
そう言って次女は風呂場の外へと出て行った。いつの間にか着替えの準備をしたのか分からなかったが、かなりの手際の良さだと思った。

葵は服を脱ぐと、そろそろと湯船に近付き、かけ湯をした。お湯の熱さはちょうど良い位だ。広々とした湯船につかり肢体を伸ばすとかなり気持が良い。疲れが一気に吹き飛んだ気がした。
ゆっくりと湯船につかった後、体を拭いて置いてあった服に着替え、外へ出た。外では先程と同じ様に侍女が葵の出てくるのを待っていた。

侍女と共に部屋に戻ると既に蒲団がひいてあった。ふかふかしてこれまた気持が良い。葵は布団に入り、目を閉じた。いつもは旅先等では中々寝付けないのだが、今日はゆっくり寝れそうな気がする。そんな風に思ってる内に、いつの間にか葵は深い眠りに落ちていった。