皆さま、こんにちは。ともです。
最近いろいろな方々と、大きなエネルギーが動いておられますね。
地震や災害が起き、その土地や被害にあわれた方に優しくて大きなエネルギーを送って下さっています。
それを感じると、感動して涙が出てきます。
でも、自分が同じことをしようと思うと、なぜだか出来ないのです。
それが、どうしてなのかを自分に聞く日々を過ごしていました。
小学生の時の私は
宿題をしない
忘れ物は毎日
勉強できない
運動は人並み以下
給食を食べるのが遅い
そして、めっちゃいじめられていました。
ここまでナイナイづくしですから、当たり前といえばそうですよね
でも、一つだけ大きなパワーを持っていました。
「 全ての人に対して、とっても優しかった 」
友人と待ち合わせたところで、3時間待ち続けた結果、その友人は来ない。
ですが、それを責めたりはしません。
私をいじめていた子がある日、いじめられる側になってしまった時、私はその子と友人になりました。
でも、2週間も経たないうちにその友人は、仲間と一緒にまた私をいじめてきました。
ここでも、責めたりはしません。
悲しいという感情はありましたが、怒りの感情はありませんでした。
中学生になったある日、自分は損をしているのではないか?
そんな疑問が湧き、初めて感情を顔に出してみるようになりました。
すると、友達ができ、楽しく日々を過ごすことができるようになったのです。
ですから「 心を開いて愛をこめて行動すると損をする。 」
こんな風に頭の中での構図が出来上がってしまったので、人を助けることに躊躇してしまっていたようです。
そんな事を考えていた時です。
「 もういいんだよ。そういう風に生きていい。
愛のままに生きていいんだよ。 」
と、聞こえてきました。
静かで優しい声でした。
そうだね。
いじめられても、否定されても、笑われても、理解されなくても、もういいよね。
だって、それが私だから。
愛がないと思って生きている人を見て悲しくなってもいい。
愛がないと思って生きている人を見てイライラしてもいい。
なぜ悲しくなるのか、怒りがわくのか、
それは、愛のままに生きている私を否定されていると思ってしまうから。
でもそれは、幻想なのだと分かりました。
私は否定などされていないからです。
私は私らしく生きていこうと、あらためて決意できました。
愛されていない人などいません。
自分自身がそう思い込んでいるだけです。
与えたものよりも、与えられたものの方が圧倒的に多いはずです。
私は、そのことに気づき、ありがとうと感謝の気持ちで生きている方が、人のせいにして生きているより幸せだと思います。
いつもいつもありがとうございます。
私も幸せです。