私はそんな状況にあった時期があり、毒親には少なからず世話になっていたことはあります。
元旦那の給料が少なく、会社も身内でやっていて代替わりしても将来が見込めない…
年齢的にも転職するにはもう最後のチャンスだろうと、元旦那と話し合い、転職する方向で話をしていました。
しかし、3ヶ月たっても半年たっても、一年たっても…
転職どころか面接一つ受けず、口ばかりするよするよでごまかされてきました。
何度話しても何も変わらないので、私は毒親から話してもらうよう頼みました。
さすがは毒親。
あんたが選んだ人なんでしょ。
あんたの責任。
一発で引き離しました。
確かに私が好きで結婚した人。
私の見たてに問題があったのも今となっては事実。
でも少なからず夫婦にはどのご家庭にも問題はあると思います。
それも夫婦だけではどうにもならないことも。
私は何度も何度も毒親に助けてほしいと頼み、ようやく酒の席でやんわーりと元旦那に転職するなら頑張るように、とだけ言い、両親共にそれ以上責めることも言うこともありませんでした。
元旦那にそんな言葉が響くことなんて当然なく、何も変わらない毎日。
イライラとストレスがたまり、生活は子供の成長と共に苦しくなるばかり。
私は子供のためにと、夜中働きに出ることにしました。
水商売ではないです。
時給1200円。
子供が寝た後にできる仕事。
昼間働くことを考えましたが、保育園は母子家庭などが優先されるため我が家は待機児童になると言われ断念。
事実、保育園に入れないからとまわりは実の親に子供を預け働いている人もちらほらいました。
もしくは保育園の送り迎え、帰ってからの面倒や夜ご飯、お風呂までセットになって面倒をみてくれる人も。
我が家もいよいよ金銭的に追い詰められていたので、この状況の説明と元旦那の行動力のなさを毒親に話し、なんとか面倒みてもらえないかと頼むだけ頼むことにしました。
もちろんダメもとで。
本当にお金がやばい、あいつが動かないから私が働かないと、でも保育園入れないし預けるところがないんだけど…
働いてる間見ててもらえない?
そんなの見てるわけないでしょ、なんで私が見なきゃいけないの!
思った通りの回答どうもありがとう。
かわいいところだけかわいがるけど、面倒なところは見たくない。
そりゃ孫なんてそんなもんなのかもしれないけど、これだけ困ってるのにそこまで突き放す言い方しなくても…
かくして私は夜働きにでることにしました。
母乳が終わったのを見計らって。
下の子は一歳にもなっていませんでした。
昼間家のことや子供たちのことをやり、夕方早々に夕飯を作り、旦那が帰って来るのと同時に私が出て働きに行く。
翌朝子供のお弁当作りからはじまり、週の半分以上働いていました。
こんな生活が一年半近く続きました。
その間元旦那は相変わらず面接すら受けることなく、私が働いてるのをいいようにとったのか最後まで何もしませんでした。
近くに毒親が住んでいたし私が一部始終話していたので把握していた毒親。
体的にも決してラクではなかったし、何より精神的にもきつかった。
それでも毒親は
お前が選んだ人なんだからお前が我慢しろ。
それしか言いませんでした。
たまたまだったのかはわかりませんが、私の周りにはもっと協力してくれるおじいちゃんおばあちゃんは多かったし、毒親の知り合いもそうしている人が多かった。
なのに、毒親は面倒な場面は突き放す傾向にあったし、協力はしてくれませんでした。
病院に行くから子供見てて欲しいと頼む時も気分次第で断られることもありました。
私が夜中急性胃腸炎で病院にかつぎこまれ、子供を無理やり実家に預けた時も泣き止まないから早く帰って!とヘロヘロになっている私に何度も電話がかかってきて、ろくに点滴も受けず帰ったこともあって、翌朝はあんたのせいで寝不足だ!と言われたこともありました。
何も協力してくれなかったとは言わない。
けれど本当に困ってお願いしても面倒はみない!と事情もろくに理解せず突き放し、どうせあんたが悪いとお決まりの思い込みのみでいられるのは本当につらかった。
今思えば、もしあの時毒親が少しでも私の味方になってくれてたら、もうちょっとでも協力してくれてたら、話を聞いてくれるだけでもしていてくれたら離婚は避けられたのかもしれないと思います。
もちろん親に頼ってどうにかしようというのはおかしいけれど、全否定することなく一部でも認めてくれてたら…と今でも思います。
元旦那の両親もとある宗教に没頭すること30年、はっきりいって世の中からだいぶそれた人だったのでそれはそれで毒親でした。
私は元旦那の父親から最後まで名前で呼ばれることはなかったし、初孫が生まれても顔も見に来ることもなかった。
宗教が生きがい、これをやめろっていうくらいなら孫に一生会えなくて構わないとまで言われ、大もめにもめたこともありました。
お望み通り一生会わせることはありませんが。
どちらも毒親だったので、頼る人もなく、結婚生活終盤は一人でこなしていました。
精神的な意味が強いです。
お前が悪い、
あんたが我慢しろ、
協力はしない、
確かに我慢も必要だし、誰にも頼らなくていいならその方がよっぽど立派だしラクに生きられると思います。
でも時にそのSOSに気づき、ケアしてあげる大切さもあると思います。
私は一度だけ、実家に帰りたいと言ったことがありました。
帰りたいといってもわずか数分の距離。
それでも限界近かった私はその時、かなりの勇気をもっていったことがありました。
もちろん断られました。
お前が我慢しろと。
でも本当は違います。
毒親は近所から言われることがいやだっただけ。
近所の目を気にして、自分を大事にしたかっただけ。
娘が子供連れて帰ってるなんて思われたくない、言われたくないだけ。
だから私を突き放したんです。
小さい頃から周りの目ばっかり。
自分の立場が悪くならないようにしたいだけ。
そのためなら娘も盾にする。
それが毒親のやり方です。
でも一つだけ感謝します。
そんな毒親のおかげで私は今好きな人がいて、子供たちも大好きになっています。
そして毒親から離れることもできました。
というか、離れてみて毒親と大きく自覚したのかもしれないけど。
