1月8日の午前2時48分
まろが亡くなりました。8歳9ヶ月でした。
亡くなる前日は机の下じゃなくて
リビング扉の前に出てきました。
そこから動くことなく、食事もとらず。
たまに顔を上げて何か訴えてたようだけど
体を抱えても、手足は踏ん張れませんでした。
水をあげると何回かに一度だけ飲んで。
夜になっても様子は変わらなくて
私はうたた寝してしまいました。
同じようにリビングで寝てた父が
水を飲もうとして箸立てを倒したんですが
その音で起きて、まろを見ると
明らかに様子が変でした。
口元だけで「フッ…フッ…」と浅く息をして
目もほとんど開いてませんでした。
隣の部屋にいた母を起こして
まろの口元についた濃いよだれを拭いたら
母の声に反応したまろが体をよじって
小さく「グゥ…」と唸ってから
そのまま心臓の音が止まりました。
ほんの数分の出来事でした。
嘘みたいで、心音もまだあるように感じて…
混乱しながら、まろの体を抱き上げて汚れたタオルやマットを処理しました。
温かいタオルで体を拭いて
ブラッシングしてドライヤーしてる時も
まろちゃんは笑って寝てるみたいに可愛くて
毛もキラキラふかふかで良い匂いで。
インスタのフォロワーさんが
「犬は亡くなる時を自分で決めるそうです」
と教えてくれたんですが、
本当にそうなのかもしれないと思います。
なぜかって、
普段ならみんな絶対に寝てる時間なのに
3人でまろの最期を看取れたからです。
まだまろの耳に届く間に「がんばったね、ありがとう」を言えました。
それに、まろが旅立つ朝は
少し寒くて、道に雪が残ってて快晴。
まろが散歩に出たがる天気だったからです。
まろは家族を起こしてサヨナラを言い、
弟家族や妹にも可愛い顔を見てもらって
最高のお散歩日和に旅立ちました。
常に気高く、飼い主孝行な子でした。
遺影は大好きな公園での笑顔。
かっこいい黄色のハーネスと黒のリードは
また会えた時のために、まろに預けました。
まろとお別れしてから3日。
この世にこれほど悲しいことがあるのかと
自分でも驚いています。
家や近所の至る所にまろとの思い出があるし
「まろ」と呼ぶだけで涙が出てきます。
涙の理由は〝寂しさ〟もあるけど
〝後悔・懺悔〟が大きいんだと思います。
「わー、雨の散歩めんどくせー!」とか
「早く帰るよ!もう1時間歩いた!」とか
「まろがいるから家族旅行はできんね」とか
まろが元気なことに甘えて
ひどいことを言ってしまいました。
レインコートを嫌がるまろを
玄関まで誘い込んで騙して着せたり、
トリミングを嫌がってるのに
毎月予約して無理させました。
「まろが大事」って言いながらも
自分の予定を優先して家を空けたくせに
旅行先からまろの世話に注文つけました。
挙げ句の果てには
病気にも気付いてあげられず。
うちに来なければ長生きしたかも…
私は自分勝手な人間だ…
生き物を飼う資格なんかないだろ…
そんなことを考えて、涙が出ます。
まろに申し訳なくて。
今さらどうしようもないことを
ふとした瞬間に考えてはメソメソ泣いてますが
右足を怪我して歩きにくそうにしてたまろが
今はもう痛がっていないということだけで
少し救われる気がしています。
このブログで(全然更新しなかったけど)
まろを可愛がってくださった皆さん。
本当にありがとうございました。
まろちゃんはとても良い子でした。





