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 柳の藪を出て広い川面に浮び出た。向う岸では、板子のきしりと水を打つ橈の音が聞えたと見え、「急げ、急げよう」と叫んでいる。それから十分ほどして、艀は桟橋にどしんとぶつかった。
「まだりくさる、まだ降りくさる」とセミョーンは、顔の雪を拭きながら呟いた、「よくもこんなにあるこった、呆れ返ったもんだね。」
 その岸には、中背の痩せた老人が、狐の半外套に羊皮の帽子をかぶって待っていた。馬から少し離れた所に立って、じっと動かない。思いを一つことに凝らせ たような、陰気な表情である。何かを思い出そうとして、言うことを聴かぬ自分の記憶に腹を立てたように見える。セミョーンが傍へ行って、笑顔を作って帽子 を脱いだとき、彼は言った。――
「アナスターシエフカへ急いで行くんだ、嬢がまた悪いんでな。アナスターシエフカにゃ、新しい医者が来たという噂だ。」
 旅行馬車タランタスを艀へ引張り込んで、漕 ぎ戻す。セミョーンがヴァシーリイ・セルゲーイチと呼んでいたその男は、厚い脣を固く結んで一点を見つめたまま、河を渡る間じゅう身動きもせずに立ってい た。馭者が、旦那の前で煙草を喫わして頂きますと断ったときにも、まるで聞えぬ風で何の返事もしなかった。セミョーンは舵に腹を当てがいながら、小馬鹿に したような顔附で彼を見て、こう言った。――
「シベリヤだって結構暮らせまさ。暮ら・あ・せまさあ!」
『先生』の顔には、まるで何かを証明してのけたような、自分の思った通りになったのを嬉しがりでもするような、勝ち誇った色があった。どうやら、狐皮の半外套の男の不幸な頼りなさそうな様子が、彼には大満足であるらしい。
「ひどい道ですぜ、ヴァシーリイ・セルゲーイチ」川岸で馬を附け終ったとき、またそう言った、「もう二週間もして、乾いてから行きなさりゃいいに。それと も、まるで行くなあやめなさるか。……行ったって何になるもんですかね。とにかく先刻御承知の通り、人間共あ年がら年じゅう夜昼なしに動き廻ってまさ。だ が何にもならねえ。全くでさ。」
 ヴァシーリイ・セルゲーイチは黙って酒代さかてを出して、馬車に乗って出掛けて行った。
「そうれ、医者を呼びに飛んで行ったぞ」と、セミョーンは寒さに身をすくめながら言った、「ふん、本当の医者を捜すなんざあ、野原で風を追っかけるも同じさ。悪魔の尻尾をつかまえるも同じさ。かさっかきめが。何て可笑しな奴だ。ああ、やれやれ。」
 韃靼人は『先生』の傍へ寄って行った。そしてさも憎らしげに嫌悪の眸をまともに向け、ぶるぶる顫えて、破格ブロークンなロシヤ語に韃靼語を混ぜながら言った。――
「あの人あいい人だ……いい人だ。だがお前は悪い悪い人だ。旦那あ、とてもそりゃいい人間だ。だがお前はけだものだ、悪い奴だ。旦那は生きている、お前はくたばっ た獣だ。……神様は人間を創りなすった――生きるためによ。喜びもあり、淋しいこともあり、悲しいこともあるようによ。だがお前は何にも要らねえって言 う。つまり生きちゃいねえんだ。石なんだ、粘土なんだ。石にゃ何にも要らねえ。お前にも何にも要らねえ。……お前は石だ――神様はお前を愛さねえ、旦那を 愛してるだ。」
 皆が笑い出した。韃靼人は気難しげに眉をしかめて、片手を振った。そして襤褸にくるまると焚火の方へ行ってしまった。渡船夫とセミョーンはぶらぶらと小屋の中へはいった。




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ぶるぶる顫えながら、少ししか知らないロシヤの言葉を一生懸命に拾いながら、韃靼人は吃り吃り話して行った。――遠い異境の空で病死して、冷たい赤銹色の 土に埋められるのは、神様の思召しではない。もし妻が一日でも一時間でも来て呉れたら、その幸福の埋め合せにはどんな艱難もよろこんで忍ぼう。神様にも感 謝しよう。何も無いよりは、たとい一日の幸福でもあった方がいい。……
 それから、どんな美しい賢い妻を家に残して来たかをまた繰り返して話し、両手で頭を抱えて泣き出しながら、自分は何にも悪いことはしなかった、無実の罪 を受けたのだとセミョーンに訴えた。彼の二人の兄弟と叔父さんとが、或る農夫の馬を盗み出して、その老人を半殺しの目に逢わせた。ところが組合の詮議が間 違って、兄弟三人ともシベリヤへ送られて、金持の叔父さんが平気で残っているような判決を下した。
「今に慣れるってことよ」と、セミョーンは言った。
 韃靼人は黙って、泣きはらした眼でじっと火を見つめた。腑に落ちぬような、怯えているような顔附である。なぜこんなじめじめした暗闇の中に、見も知らぬ 人間の傍にいるのか、なぜここがシンビールスク県でないのか、まだ分らぬといった風だ。『先生』は焚火の傍に横になって、何やら薄笑いをしたかと思うと、 小声で唄いはじめた。
「全く、あんな親父と一緒にいて何が面白かろ」と、やがて彼は言った、「そりゃ娘を可愛がっている、娘を唯ひとつの慰めにしている。そりゃそうだ。だが兄弟、あの男の前じゃうっかりした事あできねえ。やかまし 屋のおっかない爺さんよ。だが若い娘さんにゃ喧し屋は禁物だ。……娘さんというものは、ほいほい可愛がって貰いてえんだ。それに香水だ、ポマードだ。そう さ。……やれやれ厄介な。」セミョーンは歎息して、大儀そうに起き上った、「ヴォトカもなくなった。どれ、そろそろ寝るとしようか。なあ、俺は行くぜ、兄 弟……」
 一人になると韃靼人は粗朶を投げ添えて横になった。そして火を見つめながら、故郷や妻のことを思った。ひと月でも一日でも来て呉れればいい。その上でも し厭だったら、帰って行くのは勝手だ。一月でも一日でも、何にも無いよりはましだ。だが、もし妻が約束通りに来たとしたら、何を食べさせたらよかろう。何 処に住まわせたものだろう。
「食うものが無くって、生きて行けるかね」――韃靼人は声を出して訊いた。
 夜昼なしにかいを動かしつづけても、一日の賃銀は十コペックだった。尤も旅行者が心附けや酒代を呉れることはあったが、そういう貰いは仲間がみんなで分けて、韃靼人には一文も呉れずにただ嘲笑あざわらった。金のない彼は空腹で、寒くって、びくびくしていた。……身体じゅうずきずき痛んで顫えがやまぬ今こそ、小屋へはいって寝た方がいいのだが、小屋にはくるまるものもなく、川岸にいるより寒いのだ。ここにいてもくるまるものはないが、せめても焚火ぐらいはできる。……
 一週間して水嵩が落ちると、はしけが出せるようになる。するとセミョーンの他の渡船夫は、みな要らなくなる。韃靼人は村から村へと、施物ほどこしや仕事を捜して歩くことになる。妻はまだ十七だ。美人で、わがままで、はずかしがりだ。あの女が顔も隠さずに、施物を貰いに村々を歩くことになるのだろうか? いいや、そんなことは考えるだけでも怖ろしい。……
 夜が明けて来た。艀の形も、水に浸った柳の藪も、川波も、もうはっきり見分けられる。振り返って見ると、粘土質の断崖があって、そのすぐ下に褐色の藁で葺いた小屋がある。崖の上の方には、村の百姓家がごちゃごちゃと塊まっている。村ではもう鶏が歌っている。
 赤銹色をした粘土の断崖、艀、河、他国のたちの悪い男達、飢え、寒さ、病気――ひょっとしたら、これはみんな嘘なのだ、きっとこれはみんな夢なのだ、と韃靼人は考えた。自分が寝入ったような気がして、自分の鼾声いびきが 聞えた。……ここは言わずと知れたシンビールスク県の家だ。ただ妻の名を呼びさえすれば、すぐ返事が聞えるのだ。隣の部屋にはお袋がいる。……それにして も何という怖ろしい夢を見ていたものだ。あれはどうした夢だろう? 韃靼人は微笑んで、眼を開けた。これは何川だ? ヴォルガかしら?
 雪が降って来た。


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自分もいやだし、いやに思っているが仕方なく黙っている勉の気持をも察し、気苦労して乙女がとった金は、勉の室をかりると、あと十円お石の借金に入れられただけであった。
 勉を引越さすことが出来、乙女がほっとする間もなくお石への借金は倍にかさむことになった。アヤが死んだ。葬式の金がなかった。小祝の一家のために、ほかの誰から融通が利こう。
 祖父ちゃんとミツ子を紐でおんぶった祖母ちゃんとが、火葬場からアヤのお骨をひろってかえって来た。
 祖母ちゃんは、戸棚の奥へ風呂敷包みをつみかえ、前の方だけあけ、そこへ水色の富士絹の風呂敷をひろげてアヤのお骨壺をのせた。
 乙女が今度通いはじめた郊外のけちなカフェーから早番でかえって来ると、祖母ちゃんはミツ子の足をだらりとたらしておんぶったままその前に坐って、
「――もう赤いきれっこも、いらねようになった……」
 静かにそう云い、お骨壺から目をはなさず、
「ハあ……」
と溜息をついた。勇がかえって来て突立ったまま、見馴れなそうに、ばつ悪そうにアヤの骨壺を見た。それから、ピョコンと頭を下げて礼をした。
 泣く者は誰もなかった。ミツ子は両肩の間に圧し込んだようなおかっぱを乙女の方にふり向けて幾度も、
「お! お!」
 食いものでないのが残念という風に骨壺をよごれた指で指さした。
 アヤの骨をどこへ埋めるにも、どの寺へ預けるにも、今や祖父ちゃん祖母ちゃんには故郷というものがなかった。――
 居据ったような上京当時からの貞之助の態度が、次第に失われはじめた。乙女はそれを、祖父ちゃんの坐り工合からさえ何となく感じた。
 新しく借金がふえてから、お石は三日にあげずやって来た。勉はこの頃家へよりつかないらしいがどうしているかだの、乙女の出ているカフエはどこかだの詮索するときいて、乙女は、
祖母ばっちゃん、気いつけな」
 瞼に力を入れ、真剣に云った。
「何されっかしんないよ」
 金になることなら何でもしかねない。自分のいるカフェーへ押しかけて来る位ならまだましだ。そう思って乙女はお石に恐怖を感じた。そのとき、祖母ちゃんは、わかったような、分らないような工合で、
「そうだなあ」
と答えていたが、寝てから考えたと見え、次の朝、台所のバケツで乙女が勉のシャツを洗っていると、わきへ来て洗濯ものをかき廻そうとするミツ子をおさえながら、
「――伯母おんばは、きのう来たとき、乙女も赤の手つだいしているんだろと、云っておった」
と報告するように告げた。
「ほーれ、見な! 祖母ちゃん何て云った?」
「――カフエに出ておるもん、カフエに出ておると云ったけんどさ」
 乙女は、自分のいない留守を心配し、
「祖父ちゃんにもようく云っときな、ねえ」
と注意した。この頃、貞之助は天気がよければ古い乳母車を押して、子供対手の駄菓子を売りに歩いていた。
 夕方、およそ勇とかつかつの時刻に家の近くまで戻って来ると、祖父ちゃんは用心して裏の露路から空身からみで入り、お石のいないのを確かめて表へ乳母車を押してまわった。一度かち合って、貞之助は細い売り上げの中からお石に十銭とられた。もう懲りているのであった。
 格子がガラリとあき、続いて乳母車の前輪を持ち上げて敷居を跨がす音がすると、ミツ子はどこからかそれをききつけ、抜からずころがり出して来た。
「お! お! じっちゃん!」
 強情そうな小さい額を剽軽ひょうげた悦びの表情でつり上げ、
「かしくいて!」
 小さい足をとんび脚に坐って四角い風呂敷包みに黒い両手をかけた。
「これ、祖父ちゃんがあがってかららえ」
「いやーン! これ、あたいんちのよゥ……」
 祖父ちゃんは黙って上りがまちに腰かけ、砂糖のかかったビスケットを一つ二つミツ子の手に握らした。ミツ子は、上眼で一人一人祖父ちゃんから、祖母ちゃんへと眺めながら、出来るだけの速さで一どきにそれを頬ばる。――
 台所での問答があってから、五六日後のことであった。十時頃乙女が、ひどいときは三日に一度ぐらいしか番のまわって来ない「すずらん」に坐っている間に 編んだレースの内職を届け、六十銭ばかり貰って坂をぶらぶら中途まであがって来ると、むこうの方からおまわりがやって来た。片側は杉苗の畑で、道は一本で ある。ゆっくりのぼって来ながら乙女が見ていると、そのおまわりは一軒ずつ表札を眺めて来て、小祝の紙切れを貼り出してある格子の前へ立った。あけて、入って、高い声で、
「こんちは――いませんか」
 呼んでいる。乙女の息は坂をのぼったためばかりでなくせわしくなって、思わず口をあけるようにしその辺を見廻したが、さり気なく二軒ばかり手前から曲って裏へまわった。




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