あーちゃんの通う小学校は小さな田舎にありました。
1学年10名~15名程の小さな小学校です。
あーちゃんが小学校4年生の時、末っ子(双子)も小学生デビューしました。
こんなカンジ⇩
4年生:あーちゃん
2年生:いーちゃん
1年生:うーくん、えーくん
※いーちゃんと双子くんは生まれは2年離れているのですが、
なんとうーくん・えーくんは早生まれなので上の学年にジョイン。
田舎の小学校につきものと言えば、「集団登校」
あーちゃんのお家は小学校のすぐ近くでした。
全児童の中で一番近いところにお家があったのです。
つまり、集団登校の列に加わるのは、あーちゃんキョウダイが最後。
ダッシュすれば1-2分で着く上に、あーちゃんキョウダイで4名のメンバ―が
いるんだが、集団登校に加わる必要ってあったんだろうか( ̄ー ̄)
あーちゃんね、あの頃、それがすーっごく嫌だった。
4人キョウダイがすっごく嫌だった。辛かった。
大人になった今はそんなこと思わないし、年の近いキョウダイがいる事が
すごく幸せなことだって感じてるんだけどさ。
叔母ーズと戦い、母に嫌味を言われて生きているあーちゃんは、
もうそれだけで一杯一杯だったのね。
キョウダイが多いこと、「嫌」っていうか、あれだ。
「恥ずかしい」って感じだったのね。
田舎だったから一人っ子が普通ってわけじゃないんだけど、
まぁ、せいぜい3人だったのね。2-3人が普通。
うちも末っ子が一人なら3人だったんだけどね(笑)
別に4人キョウダイが町であーちゃんチだけってわけじゃないんです。
他にももちろんいたのね。でもね、1年生~6年生の中に
全部おさまっている家庭はいなかったのよ。当時。
4人キョウダイだけど、一番上のお姉さんはもう中学生、とか。
そういうこと。
一気に4人が集団登校の列に加わるって、あの感じが恥ずかしかったのね。
前置きがあほみたいに長くなりましたが、つまり、
「キョウダイが多いこと、ちょっと恥ずかしい時期だった」って感じです。
そんな中、あーちゃんに逆・反面教師?が現れたんです。
叔母-ズの一番下、つまり、だでぃのすぐ上のお姉さん、「桃ちゃん」です。
桃ちゃんのことを簡単に紹介します。
だでぃの5歳上で、元銀行員。すっごく頭が良くて、大都会東京の大手銀行に就職。
今でいう「シゴデキ」女子だったんだけど、おばあちゃんが結婚をゴリ押し。
お相手は元自衛官で、とある大手総合運輸会社にて船長さんをしている男性。(おいちゃん)
結婚が遅かったこともあり、あーちゃんは既に爆誕。
桃ちゃんの結婚式にも行った覚えがあります。
桃ちゃん夫婦にはなかなか子供ができませんでした。
たくさんいる姪っ子甥っ子ですが、桃ちゃんは特にあーちゃんを可愛がってくれました。
※すごいいい人っぽいけど、まみーの陰口はいっぱい言うてはりました(笑)※
おいちゃん(桃ちゃんの旦那様)は外国船の船長さん。
3か月お船に乗り、外国へ行っちゃいます。その後、1カ月だけ帰国し、
また海外へ。そんな生活。
お金に無頓着なおいちゃんは、全財産を桃ちゃんに預けました。
夫は海外において、悠々自適な桃ちゃんは、事あるごとにあーちゃんを
お出かけに連れていってくれました。
バスツアー、お着物を着て料亭へ、百貨店でドレスを買い与えフレンチ。
お着物での歩き方、洋食の食事の作法etc...
桃ちゃんの中にある知識をたくさん教えてくれました。
勉強もそうでした。
4人キョウダイ、同じ環境で育っているのに、
あーちゃんはクレ〇ンしんちゃんとか、ち〇まる子ちゃんとか・・・
アニメは禁止でした。
そして、いつからか日本舞踊・ピアノ・お琴・活け花・お茶を習うようになりました。
・・・思いますよね?思いましたよね?
キョウダイ間でそんな差があってええんか?と。
だでぃとまみーは何も言わんのか?と。
えぇ、なーんにも言いませんでした。
普通に「桃ちゃんありがとう!」的な?
・・・あれ?やっぱりうちの両親変わってるのかしら・・・?
こうして桃ちゃんは、あーちゃんを色んなところに連れて行き、
初めての経験をさせてくれたのでした。
まみーのことをチクチクいじめる桃ちゃんだけど、
あーちゃんがこうして楽しそうに笑顔でいると一切そんなことは
言いません。
あーちゃんは「初めての経験」のために桃ちゃんといるのではなく、
まみーの悪口を言わない桃ちゃんになってほしくて桃ちゃんと
一緒にいるのでした。
そんなあーちゃんの本心、誰も気づくことはありませんでした。