応援。
今日明日と中学生は総体の地区大会。
県大会、近畿、全国へとつながる大事な試合。
(ちなみに俺が2位になったのがこの総体の大阪市バージョン。
で次の府大会で5位になって、3位までが近畿行けたんかな。)
この試合に俺が教えてる子が
明日男女共に走り高跳びに出場します。
見守るつもりで応援に行こうかなとも思ってます。
中学生だけの試合に応援行くのは
教え始めてから初やけどね。
ずっと教えてきた3年生の子は
これで最後の総体やし
なかなか見てあげられる機会もなくなるやろうと思って。
所詮学校の部活やし、やりたくなかったらやらんでいいし
本来は誰にも強制されることもない子たち。
しかも学校の先生でも関係者ですらない
俺の指導を信じてやってきた訳やから
やっぱり責任は感じるよね。
成績がどうとかじゃなくて
もっと高跳びをしたいと思えてるかどうか。
思わせてあげられるような指導になってたかどうか。
だって最初は
俺のところに習いに来て高跳びを始めた子らではないからね。
何であんたのそんな指導受けなあかんの?
て言われたらそれで終わりやからね。
もともとは俺が一人でマット出して練習できんかった時期に
たまたまマット出して練習してた中学校に声をかけて。
そしたら先生も快く一緒に使わせてくれて。
じゃついでにちょっと指導してほしいと
先生からの依頼を受けて。
それ以来、俺がマットを使わせてもらう代わりに
生徒の高跳びの練習を見る
っていう関係でここまで来たんです。
ただ教えてほしいと言ってきたのは、先生。
生徒ではない。
いい関係に見えて、実は踏み込めないんです。
俺の中で特に最初の頃は
常にそれが頭の中にあって。
だからこの前もどっかで書いたように
むやみに無責任な指導はできん。て思うんです。
習い事ではないからね。
矢印がこっちに向いてる状態ではない。
でもあの子らは信じてついて来てくれてるな
ってここまできて思えるようになった。
振り返ってみても
1回も俺が心配するような事はなかった。
そら最初はお互い見ず知らずで
戸惑いもあったけど。
でも今は、使わす・教えるの関係だけではなくて
一緒に高跳びを極める仲間の関係になれてる。
使わすから教えるっていうのは
むしろもうどうでも良くなってる気がする。
だから
アレやれ、コレやれって言う指導はしてなくて
アレやろか、コレやってみよかって言って俺もそれを試す。
俺がやった方が良いと思った事を言って
皆も一緒に練習として受け入れてやるもんね。
その俺が言う事を信じてくれるっていうところに
ほんま良い関係が出来てるなって思う。
だからこそ今は違う意味で責任を感じてやってる。
明日はどんな結果であろうと
その終わったときの表情が一番見たいな。
がんばれ!!
豪雨
昨日の豪雨です。
あまりに激しかったから思わずピロピロロ~ンと。
まさにバケツをひっくり返したような感じやった。
ただ気合入れて練習行ったのに
この突然の大雨で結局跳べず。。
マットは出してて、さぁこれから練習!!
ていう時にいきなり降りだして。
マットは濡らしたらあかんから
皆で急いでまた倉庫にしまった。
と思ったら止んで。
と思ったらまた降りだして。
でまた止んで。
10秒とかひどい時は5秒おきに
降ったり止んだり。
練習ならんよ。こんなん(笑)
降りだして中に入ったら止んで。
止んだと思って出たら雨。
出たら雨・・・でたらあめ・・・でたらぁめ・・・
でたらめっす。ほんま。ごめん。
けどこの豪雨の境目を見たよ!
しかも競技場内でっ。
100mのスタート側は見えんぐらい思いっきり降ってんのに
ゴール側はぱらぱらとも降ってなくて。
ほんま神秘的やったな。
競技場にいた中学生と高校生とその監督が
皆一瞬にして空気に一体感出たよ(笑)
ただ何か空回りな練習になってしまった。。
止んでからは走ったりしたけどね。
次また跳べるのは来週かな。
自己紹介。(高校編)
今回は高校編です。
大阪でも強豪の高校から2校の推薦を貰ってたけど
学力の問題と強豪校での陸上生活に
いまいち魅力を感じず公立高校に進学。
陸上選手としての基礎ができた時期。
高跳びに関しても知識がついて詳しくなり
選手としての意識を持ち始めたような時期。
◎高校1
中学の記録に戻すまでに半年はかかったかな。
初めて基本動作をしたり練習内容が専門的で
甘かった中学との違いに戸惑いながら
とにかく慣れるのに必死やった。
それでもシーズン最後の試合で一気に自己ベスト更新。
強化選手として高いレベルでの合同練習などに参加。
しかし同時期に練習で腰を痛め
満足に練習ができない状態になった。
◎高校2、3
腰痛が治らず、自己ベスト更新はなかった。
顧問の先生は高跳びに詳しくなかったので
練習メニューを自分で考えてやるようになった。
というように結局記録が伸びたのは
1年の時の1回のみ。
でも3年間の内容は充実してたよ。
他校の先生でかなり高跳びに詳しい先生がいて
学校的な繋がりもあって3年間指導を受けた。
夏休みとか時間のある時期に限られてたけど
専門的な練習メニューとか技術を教わった。
それは確かにかなり良い事やったんやけど
それまで自分の感覚だけで跳んでたから
またまたそこで戸惑いがあってね。
技術(というかカタチ)を意識し始めると
そればっかりに目が行ってしまって
全体としてどこに向かってるんかわからんかったかもな。
中学の時は感覚で跳んでた。
でも知識や技術が身につくと
それだけを活かそうとしたり理屈で跳ぼうとして。
“走り高跳び”が見えてなかったよね。
実は中学の時の“感覚で跳ぶ”っていうのも
走り高跳びには大事な要素やと今は思う。
けどそういう技術を知ったことで
高跳びを極めようと思えた。
そう簡単には身につけられんからね。
中学は感覚を磨いた時期。
高校は技術を磨いた時期。
それがベースになって
今、“走り高跳び”を極める事ができてる。
感覚と技術をうまく融合させて
それに精神を加えた自分の高跳びがしたい。
次はその後大学進学できるかな?編。
また暇な時に書きますね。
