げんき
元気。
この言葉を辞書で引いてみるとこうある。
「心身の活動の源となる力」
だったら『源気』と書くべきなんじゃないかなとも思う。
見ただけで意味が分かるし。
ただちょっと画数が多いな…
今日のテーマは「げんき」
最近僕の気の源は何だろうと帰りの電車でふと考えた。
会社の同期と研修終了後に夕飯を食べる。
餃子の王将。
そこで生をパイ1しばき、餃子を食らう。そして雑談。
元気になる。
サークルの同期とカフェで茶をしばく。
昔話や最近の愚痴等々。
これも元気になる。
野球をする。
愛犬ピッピとじゃれる。
道で散歩中の犬にあい、腰を下ろし、じゃれる。
朝10分早く家を出て研修前にコーヒーを飲む。
同期の女の子と馬鹿をやってみたりする。
・・・・・・
普段の生活にはもっと元気になれることが溢れてるのかもしれなくて、しかし僕らはそういうことをフィーチャーしたりはしない。そこをちょっと変えてみて日常の些細なことに思いを馳せてみる、意外とハッピーな1日が過ごせるかも。
これを読んでくれたアナタ
明日はいろんなコトをフィーチャーしてみては?
何かと笑顔の絶えない1日になるかもよ。
せつな
今日、サークルのOBで集まって花見をした。
今シーズン初めて間近で桜を観賞。
やはり桜は最高にキレイで、そして刹那。
風が吹く。花吹雪。キレイ。そして刹那。
真夏に自分の存在を確立させるべく啼くセミのように。
今日、会社の野球チームに初参加し試合をした。
結果はサヨナラ勝ち。
やはり野球は最高に楽しくて、そして刹那。
たったの一球で試合が決まるコトも多くある。
ほんの一瞬の判断に迷って試合が決まるコトもある。
「一球の恐さ」を知っているかどうかでチームの強さは大きく変わる。
全員がそれを認識していて注意しているチームは強い。
それは会社等の組織にも言えることではないかなって思う。一瞬の判断ミス(もしくは好判断)、それによって失う(得る)ものの大きさを構成員が享有していて、細心の注意を払う。そういう企業はこれからも勝ち残っていくのかなって思う。要は意識の高さが結構重要だと僕は考えてます。当然のコトのようですが企業単位で実践することは容易ではないでしょう。
いつだってアタリマエノコトヲアタリマエニコナス奴は強い。
なかま
今日、会社の同期と少人数で飲み会をした。
内定者時代に比べ自分は彼らをより近い存在として「なかま」として捉えていて、自分も心を開きつつあり彼らからしても前に比べて親しみやすい存在でいられている気がする。
決して超閉鎖的な人間ではないが、初めての環境に馴染むまでに僕はそれなりの時間を必要とする人間であることは分かっている。学生時代のサークルも然りで、仲良くなったと自信を持って言えるまでに3年弱かかった。
この3年弱という時間に後悔はしていない。
なぜなら今にこの経験が活きているから。
自分をさらけ出し、相手も自分をさらけ出せる、そんな人間関係が一人でも築ければいいと思う。
桜が堰を切ったように咲き乱れ始めた。
僕もその流れに乗って日記を書こうと思った。
PS 梅はもう終焉だが、おまえはこれからだよな