今や、円では何も買えず、貿易収支の黒字捻出による外貨獲得に汲々としていた終戦時代とはわけが違うのだが、円安=株高となって、円安は善、 円高は悪という神話が依然として根強い日本である。
 しかし、このところ、円安で原材料や食料品の輸入価格上昇がもたらす物価上昇への懸念から、漸く円安神話に矛盾する報道が出始めた。下手をすれば、給料は増えず、物価は上昇、消費税増税や年金、保険の問題もあるから、デフレ・円高時代の方が良かったと思う人が増えるかも知れないのである。

 では、いったい2011年7月から昨年11月までの1ドル=70円台の円高と、現在の1 ドル=90円台(昨年3、4月を除く)の円安と比べて、どちらが日本の国力を反映したものなのか?但し、学術的に論じるな ら、国力の定義も必要だが、紙面の都合上、それは省かせて頂く。 

 経済学者は、「基本的に為替レートは、単なる物と物との交換レートに過ぎず、為替が国力を表すと言うのは幻想だ」と主張する。
 
 確かに、明治初期は、1ドルは約1円だったが、開国当時の日本が、南北戦争(1861 年~1865年)で疲弊していたとは言え、当時の米国と同等の国力だったと結論するのは早計だろう。真珠湾直前でも4円台、 第二次大戦後も、占領軍の軍用交換相場として、占領直後が15円、その後50円、270円となり、昭和24(1949)年4月に360円となって、これが22年間ニクソンショックまで続いたわけだが、これらのことからも、為替レートと国力との関係は、単純に正比例するとは云えないことは明らかだ。
 
 さはさりながら、為替レートの長期的な推移を見ると、国力と全く無関係だとも断じがたい。 
 英国のポンドの衰退が好例だろう。かつてポンドは、世界の基軸通貨だった。しかし、英国は、第一次世界大戦で国力が疲弊し、基軸通貨は徐々に米ドルに取って代わられた。この傾向は、第二次大戦後さらに加速した。 
 1米ドル=360円に固定されたのと同年の9月、戦後の第一回ポンド切り下げがあった。 1ポンド=4.03ドルから2.8ドルに切り下げられたのだ。1ドル=360円で換算すると、1ポンド=1,450.8円から、1,008円への大幅切り下げだ。 
 この米英の盛衰は、両大戦に途中から参戦したが、自国が戦場にならず、物資の供給で莫大な利益を得て経済大国となった米国と、国力が衰退した英国との相対的な力関係をある程度反映したものとも言えると思う。
 
 では円はどうか?円は、現在1ドル=94円台で推移している。実は、これだと、日本企業の「採算」レート以上だ。 
 3月1日の内閣府発表「平成24年度企業行動に関するアンケート調査結果」によると、日本の輸出企業の「採算」レートは、全産業平均で83.9円/ドルで、そのうち、製造業が 84.1 円/ドル、非製造業 81.8 円/ドル、業種別に見ると、トップの双璧は、「繊維製品」91.9 円、「鉄鋼」90.2 円で、底辺の双璧は、「医薬品」79.0 円、「卸売業」81.7 円と、差があるが、94円台ならどの業種も優に採算がとれる水準である。国力とは言わないまでも、これが現在のわが国の実力に近いレートなのであろう。
 
 だからと言って慢心するわけにはいかない。円安が続けば、インフレ圧力になる一方、他方で、デフレと低金利の継続は、円高を生み、その円高がデフレ圧力となるという悪循環も残っているからだ。 
 1月の財務省貿易取引通貨別比率を見ると、平成24年下半期で、円建て輸出は38.4%、円建て輸入は22.9%だ。輸入の8割弱が外貨建てになっているわけで、今後もエネルギー資源の国際価格の高水準と円安が続けば、当然物価にはね返る。
 一方、リスク分散のため外貨準備に円を買う動きがあり、昨年第3四半期では、世界の外貨準備に占める円の割合が
4.01%となり、2006年以来初めて僅かながらポンドを超え、世界第3位の主要通貨に復帰したし、 いわゆるキャリー・トレードでの円買いもある。

 いずれにせよ、上がらぬ地価や給与、ゼロ金利、高齢化、東日本大震災と人類未曾有の原発事故、きな臭い東シナ海問題に加えて、去年までは世界中の信頼を失った日本政治という大問題を抱えていたのに、円から逃げるどころか、円だけは割高というのは、どこかおかしかった。それが、漸く一時的にせよ、正常な状況に戻り始めたと言え る。 
 この状況を維持するためには、月並みだが、安倍政権の言う「成長戦略」の具体化がカギとなる。景気循環から見れば、今夏以降から来年にかけて、下降線に入るかも知れず、情勢は厳しい。世界の動きは速いから、先手必勝で政策の具体化と実行を早めなければなるまい。