11/25② 九寨溝
もと来た道を戻り、上の方へいくバスに乗った。火花海で降ろしてもらい、青い湖や池を観光。この時点ではまだ何度見ても飽きない、と思っていた。
ちょっと歩いたところに双龍海があった。水面は白みがかった中央部がとてもきれい。双龍海の由来は「透明度が高い湖水の中に、2匹の龍が沈んでいるように見えるのでこの名がある」(『地球の歩き方』p.576)とのこと。 またちょっと行ったところにある 臥龍海はそれほど目新しいことはない。でも透明度は五彩池に近く、澄んでいるため、きれいといえば綺麗。
さらに先に行くと、樹正群海がある。小さな湖が水上の草木を隔てていくつも連なっている。他の湖は一面が湖というところが多いが、ここは「群海」というだけあって、いくつもの湖が連なっているのがその魅力なのだろう。
樹正群海のすぐ向かいに、チベット民族の集落がある。樹正賽というらしい。先ほど、扎如寺で見た旗がここでも見れる。のぼりのように長い布がいくつも立ち並ぶ様は民族の伝統を感じさせる。北京の北海公園で見た塔のsmall versionみたいなものが、いくつも立ち並んでいた。端の方に旗の模様をした、小さな紙みたいなものがいくつも散らばっていた。何か儀式のようなものにでも使われるのだろうか。
さらに先に行くと、樹正瀑布がある。小ぶりの滝と小川の流れが美しい。
これまたさらに上に上っていくと、老虎海(tiger lake)がある。長海と同じ、もしくはそれ以上かと思えるほどでかい。水面はきわめて穏やか。とくに面白くもないので、すぐさま次を目指す。
また上に上っていくと、樹正磨房がある。転経筒 と呼ばれる水車みたいなものが連なって、くるくる回っている様が見れる。「水力発電?」とか思ったのだが、近くの解説を読むと、ブッダに対して祈りをささげるためのもの、とか自然の恵みに感謝感謝みたいなことが書いてあった。これでブッダは本当に喜ぶのかいな、と懐疑的だったが。http://www.chinatrip.jp/tibet/tibet-midokoro/dzs.htm ←ネットで検索したら、ラサ観光のページに転経筒 の写真が。九寨溝もチベットの一端なんですな。「九寨溝は、この渓谷沿いに9つのチベット族の暮らす村があることからこう呼ばれるようになり」(『地球の歩き方』p.574)とのこと。
さらに上に行くと、犀牛海がある。ここも、もはや目新しいことはない、落ち着いた水面の湖。しかし、日が射している時間になっていたので、エメラルド・グリーンの水面が輝きを増していた。
犀牛海より上はもうすでに見終わっていたので、黒角橋へ行った。
管理官の服を着た男性が「ここから先は行くな」といった意味のことを言ってきたが、どこかに行ってしまったのを見計らって、閉鎖されていない限り、ガンガン色んなところをうろうろしてみた。他の湖に比べると派手さはないが、取り残された感が逆に魅力的。 黒角橋の真ん中に山へ向かう道があった。地図を見ると、どうやらこの先は小さな村があるみたい。時間があったので、1人でずかずか行ってみることに。が、ガイドブック上、地図では黒角寨までかなり距離があるように見える。さすがに山道を1人で行って、戻ってこれなくなるとたまらんので、しぶしぶ撤退。 黒角橋を後にして、下の方へ降りていく。
途中からススキに囲まれた細い川が延々と続くが、芦葦海(Reed Lake)の延長なのだと後で分かった。芦葦海の解説に,Reedに囲まれて、この川はやたら長いのよ、といったことが書いてあった。
また下に降りていき、盆景灘を目指す。
上流よりも草木との融合間が穏やかな雰囲気を醸しだしている。 少し先に行ったところに、荷叶寨という集落があった。樹正群海のすぐ向かいにあった樹正賽よりは小ぶり。他の集落同様、チベット風の旗が風でゆらゆら揺れている。 たっぷりと九寨溝を満喫したので、これ以上はもう見る場所もないし、もうおなか一杯。というより、最後には贅沢なことに飽和してしまった・・・。ちょうどバスが来たので、おとなしく帰ることにした。
一番下の入り口に着き、徒歩でhotelまで戻る途中、やけに身体が冷え切っていることに気付く。喉も少々痛くなってしまっていて、風邪引いたかも、という感じ。雨が降ってきていて、さらに冷やされる。手をアウターに突っ込んでさっさと歩いて帰った。
6:30頃になって、夕飯を食いに外にでた。あたりは既に真っ暗で、昨日食った安食堂に行くのはおっくう、と思い、hotel付近のこれまた安食堂に足を運ぶ。どうやら日本人ツアー一行がごった返しているらしく、うざったいので、やはり昨日の食堂に行くことに。
昨日、夕食を食った食堂で1品料理を頼むが、夫婦が、相談に入ってしまったので、違う方を指差して、「こっち」と頼みなおした、つもりだった・・・。
しばらくしても出てこないことに加え、どうやら鍋を2つ使っているらしく。Orderがちゃんと伝わっているのか確かめるため、「我頼A」、「我否頼B」と書いて、Aは「プー」、Bは「プーシー」と言った。すると、やはり予想通り、2つ頼まれたと思っていたらしく、「あらやだ、あんた、違うじゃない」みたいな会話を2人がし始めた。見るに見かねて「作ってしまったんなら、もういいから、2つ分、金払うよ」と伝えて、2人は「ホッ」とした様子。 少し経って、1つ料理が出てきた。意識せず、昨日と同じものを頼んでしまっていたらしい。昨日も思ったが、何かの野菜が香りのきついもので、どうしても好きになれない。が、せっかく作ってもらったのに悪いと思い、嗅覚をoffにして、無理やり口に突っ込む。それでもその努力もむなしく、半分くらい食ったところで吐きそうになったので、そこで食うのをやめた。 また少し経過してから、もう1品の料理が出てきた。こちらには特にきついにおいのするものは入っていない様子で、無理せず食える。とはいえ、すでに1品目を半分食ってしまっていたので、もう1品も半分しか食えなかった。
食っている間、なにやら、紙に書いて見せてくれた。「語言不通」。多分、「言葉が通じてないね」といった意味だと思い、笑ってしまった。それを見て、主人もおかみも笑っていた。立地がよくないせいで、昨日も私が来たときには誰も客がいなかった。夫婦はすごくいい人達なので、これから九寨溝に行く方にはぜひ一度訪れて欲しいと思う。Sheratonを出て、九寨溝入り口に向かう途中、雑貨屋2店のならびにある食堂だ。
勘定を済ませ、hotelに戻る。
洗濯して、早々に就寝。明日は成都に戻る
11/24 九寨溝
AM4:00起床。4:30に起きる予定だったが、思ったより早く起きれたので、showerを浴びる。さっと水気を拭いて身支度する。
4:50。Frontでcheck out。貴重品を返してもらい、ミニバンに乗り込む。送迎サービスをシェアするというもう1人の人は遅れて来た。その方は、Tさんという。Tさんと空港までのミニバンの中、軽く話しをする。昨日、成都に到着したばかりらしい。しばらく話して、朝だからかあまり気乗りせず、1人で寝てしまった。
成都・双流空港に到着。Sim’z cozyから40分くらいかな。何か昨日と違う空港みたいだな、と思いながらもcheck in。『地球の歩き方 中国』(p.556)には、「ターミナルがふたつあり、四川省内行きのフライトはメインのターミナルから約500m離れた旧国際線ターミナルから発着している」とのこと。送迎サービスを使ったから、自動的にここに着いたものの、市内のバスから空港へ来ると、でかい方のターミナル(北京から来たときに到着した方)に来てしまうので、九寨溝に行く際には注意が必要かも。ちなみに、旧国際線ターミナル、という九寨溝行きの飛行機が出ているターミナルでは、アナウンスで「ラサ」という言葉も聞えたので、ラサに行く際にも注意が必要なのかも。
6:50発のはずが、予想通り遅れる様子。事前に「とにかく九寨溝行きの飛行機は飛ばない」と聞いていたので、「やはりそうなのか・・・」と。待っている間に、書ききれていなかった旅行記を埋めることに。しばらくして、旅行記が終わった後は、カーネギーの『人を動かす』を読んでいた。15年の歳月をかけて完成したというこの本。当たり前のことが書かれているのだけど、当たり前のこと、というのを形成したのは、もしかすると、こういう名著なのかもしれない、と思ったりしていた。成功する結婚、みたいな話題が7章にあったので、ちょっと気になり読んでみたり。あら探しをしない、一時の激情で勢いで結婚しない、あれこれ文句を言わない、ちょっとした心遣い(誕生日、結婚記念日に花を贈るなど)等々、なんとも些細なこれまたよく聞いたことのあることばかり羅列されている。しかし、改めてこう読んでみると、人から「こうした方がいい」と言われるより、素直に飲み込めるのは気のせいだろうか。
途中、本にも飽きて早朝の眠気に負け、ベンチでガン寝。ぐーすかぐーすか思い切り無防備に寝てしまった。この間に九寨溝へのフライトが飛んでしまっていたら終了するところ。トイレに行こうと、荷物にチェーンみたいなものをかませてから席を立ち、Tさんと軽く話す。HISのツアー一行の方々もいらっしゃっていて、同様に待ちぼうけだったので、ツアーガイドの人と話す。どうやら九寨溝空港の滑走路が凍ってるため、飛ばないんだとか。最悪、まれに一日中、飛ばない日もある、というから恐ろしい。
12:30頃になって、1本前の便が九寨溝に飛ぶことになった。そのちょっと前から、china airから弁当が待ちぼうけの方々に配られた。これが相当な修羅場になり、かなりの人間の嫌な面を見させられた。かなり腹は減っていたが、我先にというほどのがめつさを、これでもか、というくらい目の前にすると、引いてしまい、結局、弁当をもらわず30分後くらいにcheck in開始になった九寨溝行き飛行機に搭乗。China airのグランド・ホステスと客とが罵倒しあっていて、カオス状態。グランド・ホステス切れすぎ。まじドン引きだった・・・。
13:00頃。CA4497便は搭乗開始になったものの、しばらく飛ばない。結局飛んだのは14:00くらい。
機内でイカのつまみみたいなものと水が配られた。さっくとそれらを腹に入れ、到着まで音楽を聴く。
15:00くらいに九寨溝空港到着。バスターミナルまでのミニバスがどんなのか分からず、200元と高いがtaxiでsheratonまで行くことにした。しかし、雪が降っていてメチャ寒い。北京より寒い。機内のアナウンスでは-3度と言っていたのもうなずける。
少し車で行ったところで、別のtaxiに乗り換えるよういわれ、もう一つのtaxiへ。乗り換えた先のdriverに「200元、払えるか」といった意味のことを聞かれ、紙に200、と書いてOK,OKと相互に合意。
途中、かなりのだるさ、頭痛におそわれ、異様なほどの睡魔にさいなまれ、気圧の急激な変化に身体が悲鳴をあげていた。ガイドブックには九寨溝風景区が「標高1996~3102mの高地」(『新・個人旅行』p.540)であるとあり、空港はそれより高いんじゃない?というくらい高いところにあるので、相当な高地だ。
16:30か17:30頃sheratonに到着。思っていたより空港から遠くて驚いた。空港から1時間40分かそこらかかる。200元は確かに高いが、まあ、仕方ないのかな、とも思う。
頭痛と気持ち悪さでフラフラのままfrontでcheck in。事前に予約した内容を書いたmailのprint outをstaffに見せる。Depositで20,000元というありえない金額を預けさせられ、cardでdepositし、reciptをもらう。日本円で約30万円分もcardが耐え切れるか不安だったが、何とか通った。Sheratonに宿泊する方は2枚(1枚は使っていいもの、もう1枚はdeposit用)、cardを持っていたほうがいいと思う。現金で20,000元なんて普通の人なら持ち歩かないでしょうから。
若いboyが荷物を持って非常に丁寧な対応で部屋まで案内してくれた。日本語で「日本の方ですか」とか「奇数の部屋はこちら、偶数の部屋はこちら」ということを言っていた。Five starsのhotelだけあって、さすがによく教育されている、と感心した。
部屋で荷物をほどいて、しばらくrelaxする。
頭痛がひどかったので、バファリンを飲んだ。しばらくして効いてきて大分楽になったが、今日はこれからどうなるんだか?と一時は本気で心配だった。
Front近くの公衆電話(ICカードの電話)自宅に電話した後、frontで26日にcheck outした後、空港まで行くtaxiを予約した。電話で母に「高山病にかかってふらふらだ・・・」と伝えると、不謹慎なことに爆笑された。おいおい、心配しろよ。
FrontでATMのある場所を聞いて、ちょっと外に出る。ATMのある近くの商店街(というほどの大そうな店のならんだ姿ではないが)みたいなところへ行った。1000元おろした。九寨溝は物価が高い、と聞いていたし、雪が降らなければ黄龍に行くつもりだったので、余裕を持って多めに。九寨溝だけで入場に220元+90間(バス)+保険がかかるとガイドブックで読んでいたし、空港までも200元だし。
ATM近くにあった雑貨屋(超市、と書いてあったが、日本語だとsuper marketだろうか)でペットボトル2本分のsports drinkを買って、これまた近くにあった安食堂で一日分の食事を取る。朝は成都の空港でハム&エッグを食ったのみ、昼は飛行機でつまみ、だけだったので、相当腹がへっていた。それでも食いきれないほどの量が出てきたので、残してしまった。だって、どんぶりにこんもりとvolumeあるゴハンを盛るのだもの。これでゴハン1元というから意味が分からない。おかずと合わせて19元。「もうおなか一杯」というジェスチャーをして、勘定。食堂の主人とおかみがgestureに笑っていた。
歩いてHotelに戻り、横になって少し休んだ後、バスタブにお湯をためて、入浴。それにしてもここsheratonは、浴槽も内装もserviceも素晴らしい!560元でこのqualityなら相当安いんじゃないか?ガイドブックでは1200元と読んでいたけど、メールで予約したら、なぜが560元だった。
洗濯して、今日は就寝。
11/23 成都
AM6:15。6:00にtaxiを頼んであったのに、6:15に起きてしまった!つまり寝坊ね。・・・。
目覚まし時計のボタンを押し忘れてしまったのだ。焦ってfrontに電話し、6:30に変更してもらうよう伝えた。
速攻で支度して部屋を出る。Frontでcheck outする。ちょうどfrontに上がってきたtaxiのdriverと鉢合わせた。急いで荷物を積んで空港へ向かう。
早々にcheck inを済ます。朝早いのに、空港がやけに混んでいる。Secrutiy checkを終えて、しばらくflightの時間まで待つ。
8:40。成都行き、CA4112便に乗る。9:10の定刻よりちょっと遅れている様子。
11:50頃、成都・双流空港到着。
Baggage Claimのところで荷物を待つ間、1000元おろす。もうSim’s cozyから迎えが来ているか確かめるため、出口付近へ行ってみる。Sim’s cozyと書いた紙をもっている人がいたので、荷物が来るまでもうちょい待って、と伝える。後に分かったが、彼は英語が通じない。でもなんとなく、待ってて、というニュアンスは伝わったのだろう。
駐車場にとめてあったミニバンに乗り、移動。あまり気にしない方だが、それにしてもひどい外観のミニバンだった。
Sim’s Cozyに行く途中、信号待ちでSim’s cozyの紙を手にして、「×、×」というgestureをする。「何だ?つぶれたの?」とか思ったり、「部屋がない?」と不安になったが、到着後、部屋はしっかりあったことを思うと、「Sim’s Cozyはよくない」と言っていたのだろうか。
Sim’s Cozy到着。Simさんが笑顔で迎えてくれる。一見してguest houseはpeacefulな感じ。
Check inを済ませ、28という部屋に案内される。24hoursでshowerを使えるとのこと。Frontに預ける貴重品をまとめて部屋を出る。
Frontのとなりのtravel agency(?)で予約した九寨溝行きのair ticketの残金を支払い、ticketをget。次の日の早朝の送迎バスを予約。60元。後に、同じ時刻のflightに乗る人がいるから、送迎バスをshareしてもらっていいか、という依頼が、Makiさんからあり、同意することになる。結局30元で空港まで行けることになった。
これから都江堰に行くのだが、茶店子(ちゃみせこ、と読むらしい)バスターミナルか、どこかのバスターミナルまでどういけばいいか聞いてみる。他方で、taxiで行くとなると、ぼられる可能性があるという。ウチでcharterすれば350元で都江堰まで行く、とのこと。あまり時間も無かったので、バスターミナルまで行く手間も省けるし、帰りも困らないので、charterすることにした。
その間、Makiさんとすぐ近くにいた日本人の宿泊者と軽く話をした。宿泊者の女の子は都江堰は行ってないし、そもそも知らないとのこと。これからラサに行くのだ、と言っていた。Makiさんに、黄龍には行けるのだろうか、と聞いてみると、最近、雨が降っていた日に行ってきたという人がSim’s cozyに泊まっていたという。天候によりこの季節でも黄龍に入れるらしい。
Driverが来た。私の格好を見て、それでは寒いだろうから、厚着して来いという。部屋に戻り、ジップアップのニットを着こんで、ミニバンに乗り込む。
都江堰へ。つくづく思うが、とにかくこの国は人が多い。車の数が半端ない。道が延々と続くところに淡々と歩いている人がいるのを見ると、いつあんたの行く先に到着するのさ?と聞いてみたくなるほどありえないくらい長い道を歩いている。
都江堰到着。Driverは駐車場で待っていてくれるという。
都江堰入場。90元。入口からいきなり手入れが行き届いた庭園が目に飛び込んでくる。入り口付近の噴水がきれい。グラナダのアルハンブラ宮殿のフェネラリフェを思い出す。でも、ここは中国。やはり東洋風の異国情緒漂う風情がある。
歩みを進めるごとに都江堰に魅了されている自分に気付く。北京よりもこちらの落ち着いた雰囲気の方が性に合うようだ。ガイドブックやネットでも見たことのない光景がたくさんあり、それだけ新鮮だったせいもあるのだろう。
入口から見て、右手の方に川の流れが見える。どうやってつり橋の方に行くのか分からない。とりあえず左の方を歩くことに。
途中、森林に囲まれた道があった。雨で霧がかかっていて、すごく神秘的な雰囲気。
少し歩いたところに囲いで囲まれた庭園があった。1つ1つの桶(?)みたいなものに飾られた植物がとても綺麗。茶店みたいのが中央にあった。きっとここで中国茶を飲んだらうまいのだろう。
もう少し歩を進めると、池みたいなところがある。ここがHeroで出てきたところだろうか。小柳のようにモサモサの木があり、中央に小屋みたいなものがある。人もあまりいないので、試しに中央まで行ってみる。池にはたくさんの鯉が見える。うーん。神秘的!
どんどん歩いていくと、さっき来たところに戻ってきてしまった。近くに都江堰の地図があったので、左の方へ行ってみる。どうやら、事前に本やネットで見たつり橋はこちらにある様子。酷い雨で足元はスニーカーが水浸しになってしまっている。アウターもずぶ濡れ。宿で乾かさないと、と思った。
つり橋の方に行くバスが出ている様子。雨とはいえ、バスで行っては味気ないと思い、徒歩で行くことに。
途中、木々が生い茂った繁が右に見えた。うーん。映画で見た中国の風景っぽくていい。
つり橋に到着。危ないから揺らしてはダメ、といったアナウンスが延々と流れている。つり橋を歩いていくと、眼下に激流が。これは落ちたらやばいな、と思う。
つり橋を渡り終えて寺みたいなところを見て回る。頂上には、厳かな雰囲気の場所があった。お経が流れ、線香のにおいと煙がたちこめている。
つり橋に戻って渡りなおす。反対側にもつり橋があったので、渡ってみたものの、特に何もない。十分満喫したので、入り口まで戻ることに。途中、銀杏並木の道がとてもきれい。天壇公園よりもこちらのほうがいいね。
大分長らく待たせてしまったが、「とても綺麗だった!」と感想を伝えると、driverは二コリと笑ってくれた。Driverがtoiletに行くのを待って、出発。
帰りは行きとちがって市内がとても混雑していた。それにしても交通状況はカオス状態で、チャリだのバイクだのが車と車の間に入り乱れて我さきに、と運転しているのは、もはや呆れて何も言えない。
Sim’s Cozy到着。部屋で着替えを済ませ、飯を食いにいく。夜8:00くらいだったので、外に出歩く気がしない。Sim’s cozyでチャーハン、回鍋肉を食べて夕食を済ます。料理が出てくるまでの間、青島beerを飲んでいた。しめて26元。
部屋で散々ドライヤーで靴を乾かしたが、そんなにたやすく乾かないみたい。PCでprint outした紙をつめたりして、水を吸い取った。靴下はシャワーで洗って、よく絞った後、タオルで水気を吸い取った。その後、ドライヤーでガンガン乾かし、あとは干すことに。
シャワーを浴びる時間より眠る時間が欲しかったので、風呂に入らずそのまま就寝することに。その矢先に、Makiさんがドアをノックして伝言しにいらっしゃった。明日、バスをシェアしてもらってもいいですか?とのこと。快諾し、わざわざご足労ありがとうございます、と伝えて就寝。
明日はいよいよ九寨溝。
11/22 北京
AM6:30。朝食を済ませる。
米国系のhotelだけあって、Americanなbuffet style。結構うまい。
7:00。北海公園へ。北京駅周辺から103路バスに乗り、移動。めちゃ寒い。
故宮の西北部にある北海公園は「遼、金、元、明、清という5つ王朝の歴代皇帝の御苑であった。公園の総面積は約71万㎡で、北海はその半分以上を占める」(『地球の歩き方』p.45)といった場所だ。
8:00過ぎに北海公園付近に到着。太極拳やら朝の体操やらをしているおじさん、おばさんが沢山。いかにもchinaという音楽が聞えてきたと思ったら、いきなりdance popみたいなノリの音楽がかかって、しゃかりきで体操している様に唖然。 中央の白塔を見るには8時半まで待たねばならないみたい。せっかく来たからには、北海公園のシンボルともいえる白塔が見たい。ということでちょっと待つ。
8時半になったので10元払って中に入る。見てみると、満足した。さっさと下の方へ下っていく。上からの見た市内の眺めは、スペインやイタリアと違って、あまりきれいじゃないのだ。ぶっちゃけすぎか。
9時頃。北海公園あたりから、万里の長城へのバスが出ている徳勝門までtaxiで行こうとしようにも、taxiが捕まえられない。後で知ったが北京市内には、taxi乗り場の標識みたいのがあるのだ。そこからでないと捕まえにくい。
そんなこんなで、北海公園前をうろついていると、八達嶺長城に行くバスが出ている、という看板を発見。それを見ていると、中国人女性に話しかけられた。このバスは60元で八達嶺と明十三陵に行くという。明十三陵には興味がなく、八達嶺だけ行きたい、というと、じゃあ500元で車のチャーターはいかが?と言われる。あいにく持ち前がそんなに無い、この辺に銀行ある?というと、チャリ貸すから一緒に行こう、という。このあたりで、相当ぼられてるな、と気付いていたものの、時間が無いので、八達嶺をみることにのみ執着し、金はちょっとかかってもいいや、くらいに思っていた。それでもガイドブックでは、7、800元がチャーターの相場、と書いてあったのを覚えていたので、むしろ、ちょっと安いくらいじゃないのか、と思っていたのだ。
で、初めて中国に来て、初めてのチャリ乗車。明らかに残存簿価ゼロというくらいボロいチャリ。それでも走るのだから笑ってしまいそうになる。そんなことを考えているうちに、その女性と銀行のATMに行くことにした。意外にこのチャリ、速いのだ。ますます笑ってしまう。
1つ目のATMは故障していてカードが使用できず、2つ目のATMで500元おろした。ボロチャリで再度、北海公園に戻り、到着していたdriverを交えて女性と交渉し、天壇公園、ホテルまでの送迎を含めて500元で手を打つ、ということにした。が、相手はさらに上手で、70元、高速に乗ると余計にかかる、という。もう時間が押しまくっていたので、行ければどうでもいいからはよ出てくれ!、とばかりに車を出してもらった。
車内でdriverに市内ツアーを勧誘されるが断った。んなヒマねーっつーの。
高速で1時間くらい。八達嶺長城に到着。極寒。運転手がコートを貸してくれた。大助かり!高いだけあるじゃんよー、と心の中で喜ぶ。500元のうち、とりあえず100元だけ支払った。300元払え、と言ってきたが、長城を鑑賞し終えた後、いなかった、ではシャレにならんので、残りの400元は北京市内に戻ってから払う、と交渉した。
万里の長城についてちょっと寄り道。
「万里長城は河北省の山海関から甘粛省の嘉峪関まで、全長6350km。中国の距離の単位『里』(1里≒0.5km)に換算すると、1万里を超えるので、万里の長城と呼ばれている。紀元前221年中国を統一した秦の始皇帝は、北方遊牧民族の侵攻を防ぐため、春秋戦国時代の国境線の城壁をつないで強固にし、北方民族の侵入を防いだ。その後の各王朝も長城の建築を続けたが、特に明代には土璧であった長城は巨大なレンガと石材を使った頑丈なものとなった。北京市内に残っている長城では、八達嶺、慕田峪、司馬台の3箇所が有名」(同p.45)。
長城に登る。途中、土産屋が何件かあったが、スルー。1つ1つの階段が高く、しんどいのなんのって。筋肉痛が早くも予想された。
長城まで行く途中、どんどん人が減っていく。トイレがいくつかあったがとりあえず我慢。中国のトイレ事情が頭によぎったからだ。
頂上に到着。ガンガン登ったので、さすがに疲れた。頂上に着いた頃には身体が熱くなっていたので、コートを脱いだ。 しばし休んで、今度は下りることに。
下った矢先に、分かれ道があった。おそらく同じ出発点に戻るだろう、という見当をつけて、来たほうとは逆の左の道を下ることにした。 どんどん下りていくのだが、足がガチガチになってきていたので、休みながら下りた。
下に到着したものの、もと来た入り口にはどうやら戻れていない様子。イカツイおっさん数人に「Beijing? Taxi?」と声をかけられまくった。結構しつこかったので、連れ去られては大変、と思い、走って逃げた。 逃げた先にpoliceがあった。覗いてみたが、誰もいない。何と役立たず。
頂上まで戻って、最初の道を降りるしかなさそう、という結論に達すると、もう一度出口から入って、登りなおすことにした。一日に2回登った人などあまりいないだろうに、なんと自分は奇特な人なのだろう、とあきれてしまった。
途中、トイレに入る。噂通りのすさまじいトイレ。便器の白さはいずこへ?というくらい。小さい方は溝があるだけ。おいおい。溝にながれて後は風化するのを待つのですか?とか誰に聞くでもなく疑問に思っていた。さっさと用を足して、頂上を目指す。
やっと頂上。今度は下りる。左の道にはほとんど人がいなかったが、もと来た道は人がいっぱい登ってくるので、なんとか安心できた。それにしても、皆さん、登るのはしんどそうでした。 やっとの思いで出発点に到着。チャーターした赤い車を見つけ、一安心。北京市内へ。
その後、天壇公園に着いたものの、駐車場がなく、車をとめて待っていられない、とdriverが言う。ここで残りの400元をくれ、という。その代わりに20元、天壇公園からhotelまでのtaxi代として払い戻す、という。仕方ないので承諾し、天壇公園の北門から入場。
昨日見れなかった箇所を観光。やはり来てよかったと思える3箇所。天壇の外観は素晴らしい。故宮より私はこちらの方が好きかな。
天壇公園の天壇、というのは「皇帝が天に五穀豊穣を祈願する場所」(同p.45)で、天壇公園は「現存する中国最大の祭祀建造物で、1421年に造られた。1998年には世界遺産にも登録された」(同p.45)場所。 一番でかい祈年殿は「皇帝が方策を祈願するところで、丸い瑠璃瓦の屋根をもつ建物。3層の屋根は全部で28本の木の柱だけで支えられており、ほかには梁も釘も一切使用していない」(同p.45)という。
他方、回音壁は「レンガの継ぎ目をきれいに埋め、表面を滑らかに磨いて仕上げ、音がよく反響するように造られている」(同p.45)建築物。観光客が手をぱちんぱちん言わせて反響するかどうかためして騒いでいた。
園丘は、「天壇の南にある3層の壇上で、上から順に天上界、人間界、地獄界を表す3段の大理石から構成されている」(同p.45)場所。ここからの眺めはけっこういいもの。天壇公園の南門までのスラーっとした道が見渡せたり、北門方面も見渡せる。
3箇所を鑑賞し終え、大分満足。結構寒くなってきたので、南門から出てバスに乗り、帰ることに。
バスで北京駅付近まで行き、降りたバス停の前にあったマックで昼飯。英語が通じて大助かり。北京ダック風のバーガーを食べる。コーヒーを飲んで身体を温めた。 マックを出てhotelまで歩いて戻る。
部屋でしばらく横になって、身体を休めた後、デジカメの写真をCDROMに焼きに行った。場所はhotel横のshopping mallみたいなところで、30元で焼いてくれた。 カメラ屋のお姉さんに、オススメのchinese restaurantはこの辺にないか?と尋ねたところ、一件教えてくれて、道も教えてもらったが、どうやら見つからず、昨日と同じ食堂に行くことにした。
受け付けでgestureで「ここで飯食いたい」ということを伝えようにも伝わらない。昨日と同じお姉さんが英語で対応してくれた。目があった瞬間「oh! 20元man!」とか言われ、おいおい、おれは20元でかえねーぞ、とか心の中でつっこんでいた。 昨日の麻婆豆腐には懲りていたので、今回は野菜中心にとった。
席について、ガツガツ食べていると、なにやら目の前でかわいいおばちゃんがニコニコしながら私を観察している。「何か用か?」と聞くも、英語は解さない様子。自分の食べているものを指差して、親指と人差し指でmoneyのgestureをする様を見て、「これが食いたいの?」と聞くと、まだニコニコしている。20元で、自分の好きなものをとって食べれるの!と伝えるもうまく伝わっていない様子。全然立ち去る気配がないので、これでは飯も食えん、と思い、英語の話せるstaffの協力を求めにいった。通訳してもらうと、どうやらおばちゃんは「いくらか?」ということについてのみ興味があったとのこと。おいおい、それだけかよ、と拍子抜けしてしまった。でも、それを聞いたおばちゃんはstaffとどっかへ行ってくれたので、ようやく落ち着いて飯が食えることになった。
飯を済ませ、食堂を出て、また昨日と同じ雑貨屋でsports drinkを2本買って、ATMで金を下ろしてからhotelに戻った。 風邪っぽくなっていたので、風邪薬を飲んで寝ることに。
洗濯、明日の準備をして就寝。明日は成都。
11/21 北京
9:00成田発 China Air CA422便搭乗。
11:40のはずが、11:50に北京首都国際空港到着。Baggage Claimがやたら長い。Entry card, tax関係のカード, 病気に関するカード、計3種類いずれも記入しておらず、その都度、係官に足止めを食らった。仕方ないので、いずれも窓口手前に戻って記入する羽目に。
空港を出るのが予定より遅れたので、リムジンバスではなく、taxiでParagon Hotel Beijing(米国系Howard Johnson Hotelの北京版)まで移動。110元(うち、高速料金10元)。まったく英語も日本語も通じない運転手だったので、地図と住所を見せてhotelまで行ってもらった。
Hotel到着後、カードで500元のdepositを取られる。英語が通じる様子で一安心。23日早朝に空港へ行くためのtaxiをfrontで予約する。120元の予定。
部屋までboyが荷物を運んでくれた。かなりの待遇にちょっと驚く。たまにはいい気分にされるのも、いいものだ、と上機嫌。
部屋で観光用のstyleに身支度して、まずは腹ごしらえ。よく分からないので、親しみのあるケンタッキーへ。最初の店員は英語がNGだったが、英語が話せるおばさんがいたので、その方にオーダーをお願いした。中国語は漢字なので、同発音していいか分からず、途方に暮れた。欧米圏は英語圏でなくとも、なんとなくalphabet読みで通じたが、中国はどうもそうはいかないらしい。
地下鉄で北京駅から天安門東口へ移動。自動改札がないので、ticketも人が打っている。かなりアナログ。半券くれると思ってたら、くれなかった。3元で、1号線、2号線ならどこでもいけるらしい。 天安門へ。かなりの人だかりができている。
ちょっと天安門について。
「天安門広場の北に位置し、宮殿の正門として1417年に建てられ、承天門と名づけられた。その後2回にわたって落雷で焼失し、1651年、もとの城門をさらに大きくして33.7mの高さをもつ現在の城門に造り直し、名も天安門と改称した。赤いレンガ造りの壁に黄色い瑠璃瓦を持つ朱塗り2階建ての宮殿建築式楼閣で、明清時代には皇帝の即位や皇后の冊立といった重要な国事の際にここで詔書を発布した。1949年10月1日には毛沢東がこの城桜で中華人民共和国の成立を世界に宣言し、それ以来、天安門は中央部に中国国章や毛沢東の肖像が掛けられるなど、中国のシンボル的存在となっている。現在では観光客も上に登れるようになり、桜の上から故宮や天安門を眺めることができる。」(『地球の歩き方』p.43)
いくつもの門をくぐって、故宮博物院へ行った。到着後、いきなりかなり歩かされたので、ちょっとしんどくなって故宮を鑑賞した後、ベンチで一休み。なにしろ、「故宮は、南の午門から北の神武門を中心に左右対称に造られ、両側には多くの建築物や庭園が密集しており、現存する部屋だけでも7800と、その規模の大きさがうかがえる。」(『地球の歩き方』p.41)と書いてある通り、とにかく広いのよ。所々工事されていて、本で見ていた龍の絵みたいのは見れなかった。
もと来た道を戻って、天安門の向かいの通りへ行き、天安門広場へ。人民英雄記念碑、というとんでもなくでかい記念碑が中央にある。一本こんなものがだだっぴろい広場にある様は結構壮観。個人的には故宮よりこちらの広場に魅かれた。それにしても人が多い。チャリだの車だのがガンガン行きかっている。
人民英雄記念碑、天安門あたりを写真に納めていたとき、どうも違和感があった。Nationalismを感じる、というのだろうか。どこか、かつての敵国、という歴史観が頭によぎるのだろうか。反日感情がある国、という観念にとらわれ、どうももやもやした気分を味わったものだ。毛沢東の顔写真を撮っているとき、特にそう感じた。
前門まで歩いていく。前門付近のバス停から天壇公園方面に行くバスに乗って移動。1元。地元の人達は、皆ICカードで乗車していた。こちらはそんなものはないので、バス内にいる券売りおばちゃんに1元払って、乗車券をもらった。 意外に遠かった。
天壇公園南門付近に到着。16時過ぎに到着してしまったため、肝心の園丘、回音壁、天壇が見れなかった。これらが見れなかったらあんま意味ないじゃんね。思えば、入場する際、入り口のおばちゃんが、「あっちは見れない」みたいなことをごちゃごちゃ中国語でわめきちらしていた。よく分からん、と思い、気にせず入場してしまったが。 肝心の3箇所は見れないものの、天壇公園、すさまじく広いので、3箇所の周辺をうろうろしてみた。途中、やけに長い廊下や、北門前の銀杏並木がきれいだった。
北門を出て、バス停を探すも、どうやら北京駅に行くものが見つからない。しばらく逡巡したあげく、あたりは真っ暗なので、初日から何か事件でもあったら困るので、手っ取り早くtaxiに乗ってhotelまで戻った。
Hotel付近の食堂で、buffet styleのchineseを食べた。英語を話せる人が1人いて助かった。20元で4つ、うまそうなものをとって食べた。それにしても、麻婆豆腐が辛いのなんのって、口から日が出る寸前。4つを交互に食っているうちに、やけに身体がカッカしてきたので、「どれかがめちゃくちゃ辛いぞ!?」と思い、一つ一つ吟味したところ、麻婆豆腐が根源らしく。最後まで食うのは諦め、途中で「もう腹いっぱい」と言って出てしまった。 その食堂を出てすぐのところに雑貨屋があったので、sports drinkとジャスミンteaを買ってhotelに戻った。
HotelでICカードを買って(100元)自宅に電話。無事北京に到着していることを報告。
部屋に戻り、風呂、洗濯を済ませた。部屋から上海にいる父の知り合いに電話。何かあったときには宜しくお願いします、と。日本語が堪能で、非常にいい人。
就寝。明日こそ天壇公園。そして、万里の長城。


















































