新聞社受験も結果を得られず、
いい加減ちゃんと社会人になろうと就職活動を始めるw
※バイト先が保険加入してくれていたので失業保険の
支給を受けられました。
ハローワークに通いながら数社を受け、
内定を2社いただけていました。
1社目:某機械メーカーで一般の方でも社名は聞いたことが
あるような大手さん。
面接を重ねた結果が「新規事業を立ち上げるので、その
スタッフとして。」と。
どんな事業なんですか?と尋ねても教えてくれなかった。
2社目:某電子部品メーカー。社名は聞いたこともないw
電子部品は余程の大手じゃないと一般人には知られないからね。
で、どっちを選んだか。
2社目ですw
1社目は新規事業っていうのに魅力はあったが「何を?」を
聞けないのは当たり前だけど、不安だよね。
で、数年後、その事業が判って、しかもその事業と関わる仕事を
別の会社(2社目)でしてたのは…これも運命ですがねw
2社目を選んだのはね、これも同じく面接の際に
「今、新規事業に取り組んでいる」との話をされ、それは
「自動車の安全装置に関わる電子部品を開発中」だと。
入社してもその事業に携われる保証はないとは言われたが…
名古屋エリアでの採用なので…客筋は「あそこ」でしょ?と勘繰り
その事業に関われる期待込みで、こっちを選んで入社しましたw
入社して、何度か「新規事業に関わりたい」と打診したが
相手にされずにいたのですが…
入社2年目に、従来担当していた名古屋エリア担当者が
退職することに。
で、組織として彼の後任を探すことになった中で、
「そういえば、〇〇(←私)、やりたいって言ってたっけ?」と。
で、「やります!これがやりたくてこの会社に入ったんだで!」
と即答w
入社2年目の人間が選ばれるのは異例ではあったようですが、
当時のマネージャーは
「誰がやったって、ダメなもんはダメだから」と
誰でもいいわ感で人選された(と後から聞きましたw)。
当時、その自動車の安全装置は標準装備されていないものでしたが
私は(会社もですが)絶対に標準搭載部品に移行するはず!
という思いがあったので、市場が活況化する前に入り込むべし!
と活動を始め、
当時のトヨタ自動車でそのモジュールを受け持っていたのは3社あり
その3社にコンタクトを取り、うち1社が話を聞いてくれた。
(他の2社も聞いてくれたのよ。でも続かなかった)
入社2年目で電子部品の知識も浅く、
しかも新規事業の新規開発部品なので
お客さん側での制御方法(重要項目・要件)の知識もなく、
あるのは「知りたい!理解したい!」という欲のみw
なのでお客さん(開発部の方々・実験部の方々)との面談では
とにかく聞きまくった。
でも、それが…先々に、お客さんの開発部長と実験室長から
「あの、〇〇君の前のめりの姿勢が楽しくて、
なんでも教えてあげたいって感情にさせたんだよな」って。
いまの私は、ほんとに上述のH部長とI室長に育ててもらった
と言っていいくらいです。
結果を先に話すと、採用獲得できました。
そのお客さんの中で、ゼロスタートの開発案件で2年半で
採用獲得をしたのは最短記録だったよ、と開発部長から。
社内でも、この新規事業製品での初採用獲得となりました。
この採用をきっかけに
「トヨタ系での採用が確定しました」という宣伝文句を
マネージャーが阪神エリアと中国エリアで吹き込んで
続々と採用件数が増えたそうですw
※一応ね、国内自動車メーカーで採用獲得できなかったの、
確か1社か2社だけだったような記憶。
前に書きましたが、車が好きな人間だから
自分の好きなモノに間接的にであっても関わることができる
ってのはやりがいにつながってましたね。
その後、いくつかの車種を受け持ち
その実績から自動車メーカーさんから直接声が掛かり
自動車メーカーさんとの共同開発の担当窓口になり
夢のような時間は10年くらい続いたかな。
自分の人生で一番楽しかった期間ですね♪
(若さもあったしねw)
でも、夢はいつかは醒めるものw
次回は夢が醒める話を書きますw

