Selfishly Remark

Selfishly Remark

日々雑感を綴ったりしてます。

昔こんなタイトルでホームページやってたんで、それの復活版(?)みたいなイメージで勝手なことを書いてる独り言ブログだと思ってくださいませ。

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臨終ってずいぶんと適当に決められるんだな…なんて思った。

息がしてないって午前3時過ぎから何度も携帯に電話あったけど気づかんてw

電話に気づいて起きたのが午前5時過ぎで、そこから慌てて病院へ。

もう息できないんですか?とかトンチンカンな事聞いちゃったよ。

療養型の病院だから蘇生なんてしてくれないのにね。

 

霊安室に入って、何か指示受けるわけでもなく、目の前にたぶん病院お抱えの葬儀屋のバンプがおいてあったんだけど、

ずっと前々からお願いしようと思ってた葬儀屋さんに電話して迎えに来るのが午前8時くらいとのこと。

 

その間、口ぽかーんと開けて寝てるような姿の母親の頭をなでたり

そんなに冷たくはならんもんなんだなとか思ったり。

2人で2時間くらい霊安室にいて、頭撫でたりほほをなでたり、飽きたらスマホゲームしたり。

 

葬儀屋さんが来て斎場まで行って打ち合わせをして、通夜が25日の月曜・告別式が26日火曜。

5日間は斎場で安置されることに。結構大きな斎場なのに混んでるんだねぇ。

口がポカーンと開いたままなのを心配したら、この5日間でちゃんと処置も化粧もしてくれるとのこと。

 

21日木曜日と22日金曜日は休まず職場へ。

家に居ても余計なことを考えるだけだし、実際職場への報告とかもしないといけないし、

そもそも5人でやる仕事量の職場なのに1名退職・2名休職なもんで今は後輩と自分の2名体制。

さらに葬儀の週は毎月ある一番忙しい週。

しょうがないことではあるんだけど、なんか申し訳ない気持ちに。

 

土日はいつも通りの週末を過ごして、昼間に急いで作った礼服を取りに行ったりしてから通夜へ。

母親の姉妹は全員鬼籍に入ってるし、そんな姉妹たちの旦那や子供たちと親戚付き合いなんてしてないし、

父親とは離婚してもう40年だし、そんな父親が亡くなったのも12年くらい前で既にあちらさんにも家庭があるから連絡も取ってないし、結局連絡したのは母親の携帯連絡帳に入ってた友達と付き合いのあった母親側親戚数名くらい。

で、斎場に来れるって言ったのは通夜に友達1名、告別式に友達1名、家族ぐるみでお世話になってた保険の外交員さん2名の計4名。

家族葬どころか、親と私の2人葬+アルファ的な感じ。

のわりにずいぶんとしっかりした生花祭壇組んでもらって、

本人が好きな黄色やオレンジの花も入れてもらったから厳かと言うより明るい感じに。

 

そんな人数感だったはずが、通夜に職場の上司やら先輩が来たりしてびっくり。

えええ?あなたがた、来るの?ああ、お返しとか食事とか足りるかな…とかそんな心配をしてました。

 

翌日の告別式は外交員さんと知人と自分の4人で見送り。

葬儀屋さんが言ってたけど、ホント苦しむことなく息を引き取ったのがわかるらしく、

眉間にしわを寄せたり、息を引き取る間際に強く手を握って痛みをこらえてはがせなかったりとかいうのもなく、

ホント落ち着いた表情でまるで寝てるかのような表情。

そこに4人で花を敷き詰め、好きだったものを納め、頭をなでて頬をなでて。

冷たいんだけど、生きてた頃お見舞いに行って寝たきりの状態で話かけ、頭撫でたり頬撫でてた感触とほぼ変わらなかったから、これから荼毘に付すってわかってても正直つらかった。

 

火葬炉の前に着いて、最後の最後、顔見たときは正直きつかったかな。

頭ではわかってても今生の別れだと思うとやっぱり泣けてきたし、

本当に最後の最後にもう1度頭をなでて

「いってらっしゃい」

しか、言えなかった。

ありがとうとかもう少し気の利いた言葉を言えればよかったのかもしれないけど、

3年以上ゆっくりと体が動かなくなる難病に侵されて、

だんだん歩けなくなって、動けなくなって、食べても誤嚥して、

6月に武漢肺炎に感染したことがわかってから約半年、

ずっと禁食で中心静脈栄養でしか栄養取れず、

面会に行けば「おなかすいた」か泣きながら「さみしい」しか言わない毎日からようやく解放されるのだと思うと

僕個人のどんな状態でもいいから生きていてほしいなんて気持ちはわがままでしかないんじゃないかって思った。

 

今の火葬炉ってすごいね、40分で焼きあがるのね。

そもそも体重が35kgもないような体型だからってのもあるんだけど、

出てきた骨をみたらさ、ホントちょっとなの。

大腿骨とかどれ?とか思ったけど、たぶん細かくなっちゃっただけなんだろうな。

火夫さん曰く、なかなか出ない喉仏もきちんと残ってたからきれいに焼けたほうなんだろうな。

でも、骨壺に全部の骨入れても半分にも満たないの。

骨壺に蓋をする前、生前使ってた眼鏡をそっとかけるように置いたらまた泣けたわ。

喪主だからしっかりしなきゃって思えば思うほど感情がぐちゃぐちゃになるねぇ。

 

遺影と骨壺が後飾り祭壇に備えられて今日で2日目。

いつも座ってテレビ見てたソファーのあたりに組み立ててもらったから、半年ぶりに親の顔が居間に鎮座。

家帰るとドーンと親の顔と遺骨があってちょっとビックリしながらもちゃんと線香と焚いて

「ただいま」

っていうのがなんとなく懐かしい気持ちになっております。

 

本日水曜日は葬儀後で手続きとかするだろうからとお休みを頂戴してたんですが、結局なんもしなかったw

明日明後日は仕事がガンガン忙しいと思うのでいつも通り出勤して、

役所やら銀行やらなんやらの手続きは来週12月に入ってから行こうかと。

職場にも了承は得ているのでそんなスケジュール感で動こうかな。

相続とかどうなるんだろう?

怖いなぁ…。

 

って、近況報告でした。

たぶん、しばらくは感情があっちこっちにとっ散らかっているかと思いますがご容赦くださいね。

では。