しばらくして 甲西さんの家から帰ってきた教頭先生と生活指導の先生が入ってきた。


「いやあ、お母さんは大変な取り乱しようです。

さっきまでお父さんに連絡したといいながら警察の方にはまだ連絡してなかったとか、急に泣きだしたりとか、まあ興奮状態っていうんでしょうが。

事実がちっともわからなくて一体何を信じていいものやらわかりませんでした」




職員室は再び沈黙が流れた。

 

 

時計は10時50分を過ぎていた。電話が鳴った。校長は はいはいとうなずきながら聞いていたがしばらくして電話を置いた。職員室の先生たちはみんな校長先生の言葉を待った。


「今警察から電話がありました。甲西香織ちゃんは善意の人によって無事保護されたということです」



途端に職員室の中は ほっとした声が聞こえた。

「まあ、よかった」
「ああ、やっとこれで安心して帰れるわ」


すぐに室内は矢継ぎ早に質問の声がとびかった。

「善意の人ってどんな人ですか」
「で、香織ちゃんは大丈夫だったんですか」
「犯人はわかったんですか」


校長は言った。
「詳しくはわかりません。とりあえず この事件のことは先生方からくれぐれも話題にするようなことは控えてください。ただ、一部の保護者にはもう伝わっているようですから十分気をつけてください」

ああ、まただ。この対応、私も何度か聞いた言葉だった。

 

学校の中は真っ暗で 職員室だけ煌々と明りが点いていた。すでに先生方が戻ってきていた。全部で8名。私たちが席に着くと校長先生が言った。




「実は先生方が探しに出られてすぐに警察から電話があったんです。うちの学校の六年生の子どもたち3人が五年生の女の子がデパートの駐車場で30歳ぐらいの男に強く腕を抱えられるようにして車に乗せられていったのをみかけたということです」

 

 

「えー、でもそれが甲西さんだということじゃないんでしょう」


「ええ、それが男の子たちは嫌がっている甲西さんをちゃんと見たと言ってるそうです」



大規模の学校ではなかった。それに5、6年生は運動会をはじめ合同で活動をすることが多い。見間違えと言うことは考えられなかった。



「その六年のこどもたちは嘘を言ってるってことはないでしょうか」



「その担任の先生に聞いたんですが、普段はちょっと頼りないところはあるそうですが、そんなう嘘をつくような子じゃないということです」




「じゃあ、その子の親はどうしてるんですか」


「それがその子たちに家の電話番号をきいてもちゃんと言えたのは一人だけで、あとの二人は自分の住所もまともにいえなかったので 確認するために警察からさっき電話があったんです。自分の学校だけはまともにいえたらしいので」




「えー 六年なのに自分の家の電話番号も住所もまともにいえないんですか」



あちこちで苦笑が聞こえた。




「それがまあ、そういう子たちなんですよ。でもまあ、だから先に学校に連絡がきたということですから早くわかってよかったんじゃないでしょうか」




「で、その男は車に乗せてどこへいったかわからないんですか」




「それを警察は調べているところです。誘拐ということもありますから、学校にかかってくる電話は全部とらないでくださいということです。


こちらから学校の電話を使ってどこかへ連絡するのも控えてください。とりあえず最悪の場合を考えて警察は動いているということです。


ですからデパートへ向かう道も駐車場近くの道も通らないで下さい。警察犬を使っているそうです」




川口先生は今にも泣きそうな顔で窓の外を眺めていた。

高学年の先生が冗談めかして言った。



「本当にあいつららしいよなあ。六年のあいつら普段はぱっとしてないけど、こういうことになると俄然張り切るよなあ。自分たちきっと名探偵やってる気分やったろうなあ。今頃警察でかつどん食ってるかもしれんなあ。けど、自分の住所ぐらいまともに言えよなあ」




みんなつられて笑った。やがてすぐに静まった。




私は名簿作りをしながら早く連絡が来ないかと待っていた。家に帰って夕飯の支度をしなければ、子どもたちがお腹を空かせているだろう。




けれど、今職員室を後にすることはできなかった。


とうとう十時がすぎた。職員室の先生方は誰も帰ろうとしない。川口先生は頭を下げながら
「すみません。帰っていただいていいですから・・・」
と言っていた。



校長も言った。
「先生方は明日のこともありますから早く帰っていただいていいですからどうぞ気にされずに帰ってください」




校長はやがて自室へ入っていった。




職員室は重苦しい空気が流れた。


 

私と川口先生は近くのデパートに向かった。小さな市内で駅近くにある唯一のデパートだった。よく子どもたちは休日親に連れられてここの屋上にあるゲームセンターで過ごしていた。



かおりのついた消しゴム、キャラクターつきのノートなど子どもたちの喜びそうな文房具も置いてあった。夕方のとりたくない電話といえば大抵このデパートからだった。万引きは多かった。




私は先日来気になっていたことを聞いた。
「で、先生。香織ちゃんは一体どういう事情をかかえているんですか」




「ええ、私もあの時にもっとくわしく話したかったんですが、実は香織ちゃんのお父さんは本当のお父さんと違うんです。


お母さんが前のお父さんと離婚してから知りあわはったらしいですが、今住んでるのは香織ちゃんのお母さんと今のお父さんの連れ子の二年生の男の子と幼稚園年長の男の子と一緒です。




お兄ちゃんは親からの暴力ということでとうとう自分から児童相談所に行ってしまいました。


お母さんは自分でも暴力はいけないってわかっていてもつい暴力をふるってしまうんだっていっておられました。お父さんもですから香織ちゃんたちこどもは大変だと思います。でも、暴力を振るうのは香織ちゃんとそのおにいちゃんだけらしいです。




今のお父さんの子どもには振るってないらしいです。怒られるようなことをしないっていうか、前の担任の先生によると要領がいいみたいです。

それにお父さん自体シンデレラの父、っていうのかな。自分では子どもたちに何もしないって言うか、逃げてるって言うか、とりあえず子どもたちのことは母親に任せてるって言う感じらしいです。


それに香織ちゃんとおにいちゃんの場合、前のお父さんが忘れられないっていうことがあるのかもしれません」

 

 

デパートの中は食料品を買う客があちこちに見られた。洋品売り場や子どもが立ち寄りそうなゲームセンターは夕食時だったせいか小学生らしい姿はなかった。



「いないよねえ」
「ええ、いませんねえ。これだけみてもいないんだからきっと違うところへいってますよ」


外は雨がいよいよ本格的に降り出したのか、かさを持っている客が増えていた。



ふと思った。保護者からの連絡で何度子どもを捜しに行ったことだろう。



大抵の場合、学校から友人の家や公園へ寄り道をして家に帰らなかったケースだった。




ただ、今回は違う。





突然私の携帯が鳴った。低学年の先生からだった。
「先生、みつかってないんですが、新しい情報が入ったからすぐに職員室へ戻ってください」