カニ騎士です。
大腸カメラ・胃カメラ編ということでお話したいと思います。
寮に入りたての部屋で飲む無駄にでかい謎の下剤。モビプレップっていうそうです。これがまあまずい。しょっぱい梅しそジュースなんて聞いてたし、そもそも梅しそ好きじゃないのも相まって…。吐き気止めなかったら上から下から洪水でした。(下はすでに洪水ですけど)
お昼にクリニックに行きましたが、鎮静剤使うのでチャリは使えず歩いて15分。平日昼間に上下ジャージでおなか抑えて異常に歩くの遅い若者は不審だったと思います。
無事ついて着替えて内視鏡開始!鎮静剤あったのでマシでしたが、そもそもおなか痛い中でカメラ入れてるんで痛いことは痛い。耐えて耐えました。
結果、回腸に腫瘍があったそうです。この時は良性だとか、カンピロバクターじゃないかとか、とりあえず潰瘍性大腸炎ではないといわれた気がします。鎮静剤の後なんで記憶があいまいなんですよねー。
その日は帰宅して、カンピロバクター効く抗生剤と整腸剤で様子を見つつ、生検の結果を待つことになりました。
この間も血便止まらず。真っ白いトイレに赤黒い血便を出してた記憶しかありません。少しでも食べれるもの、食べたいものを食べる毎日。ヨーグルト、551の肉まん、りくろーおじさんのチーズケーキなど全部食べれなくても口に入れたいと思ったものをできるだけ食べました。
資格勉強もしてました。毎週日曜日に学校へ行って、平日は終業後に予習・腹痛・復習。正直まともなら横になるべきなんですが、ご飯食べれなくなっても資格勉強だけはしがみついてやってました。学校って高いんで、お金って人を変えますね。
結局4月12日には大学時代の友人ともはや再会し飲み会もしたり…。ここが体調の最高点でした。神様がこの後に待っている苦しみに1か月ほどのロスタイムを設けてくれてたんだと思います。おかげで楽しい飲み会もできたし、新しい職場で楽しくご飯食べたり、血便・腹痛さえなければ人生に希望しかない状態でした。
4月13日、生検の結果が出ました。簡単に言えば、カンピロバクターじゃないと。これは「悪性リンパ腫」の疑いがあると…。頭真っ白です。
カンピロバクターなら治るはずなのに全く変わらず、検査も大した値は出ない。しかも回腸にできる腫瘍って珍しいんだそうで、それが悪性リンパ腫でもまれにみられるケースとなんかもう珍しいしか言われてない感じでした。IBDっていう大腸系に強いクリニックを選んだのも、こう言ったケース見つけてもらえたのかなって思います。
近日中に胃カメラしたいとも言われました。これはまあ確認的な意味だそうです。
正直職場楽しすぎて休みたくなくてその時には保留にしました。無駄だったんですけどね。
そして週明け月曜日。死んだと思いました。朝起きるとあの起き上がれないほどの腹痛と血便。片道1時間の出勤なので休もうか悩みましたが、もうガッツで行きました。でも結局行ってもまともに仕事はできず。その日は上司と病気について相談する予定があったのでそれが終わり次第帰宅しました。状況みてすぐに対応してくれたり、万が一入院なら地元にすぐ戻りなさいと優しく声をかけてくれた上司には頭が上がりませんでした。
結局13日に提案された胃カメラを火曜日にやりました。めっちゃきれいだったそうです。胃は綺麗、大腸はズタボロという人間でした。
問題はここからです。実はクリニックに行くためにタクシーで行ったんです。うごけなくて。ご飯も味噌汁流し込んだだけ。倒れるかもしれないと自分でも悟ったレベルでした。そんな状態をクリニックの先生は見逃すわけなく。胃カメラするときにもう終わったら大きな病院にすぐ行きましょうという感じでした。緊急対応って感じでしたね。
クリニックで手配してもらったタクシーで40分。紹介状を渡すと、かなり早く呼ばれました。呼ばれる前もベッドで寝てるので精一杯の状態でした。血液検査、CTとった結果、診断は「消化管悪性腫瘍、悪性リンパ種の疑い、腸重積」でした。
ここで初めて腸重積と言われたんです。初耳でした。これがまたややこしい。
腸重積って乳児がなりやすいんだそうです。腸が押しつぶせる水筒とかコップみたいにぎゅっと入り込んじゃうんです。乳児だと自然に治るらしいんですが、今回は成人で腫瘍が原因。引っかかってるんで早々自然に治らず、不定期で発生して腫瘍取るまでは内視鏡で一瞬直して再発ないことを願うしかない状態でした。そしてこれが「腸閉塞」になると終わりです。当時神戸から札幌へ移動し入院することを考えてましたが、腸閉塞なら飛行機は無理。その場で両親に連絡して即日か次の日に移動しないと神戸での治療を余儀なくされるとのことでもう大慌てでした。
幸い、親にはこの経緯を逐一報告して最悪飛行機とることも伝えてたので診断出た30分後にはチケット取ってくれました。ありがとうしかないです。
診断書・北海道の病院への紹介状をもらって、その日は帰宅。上司にも明日から病気欠勤で札幌戻りますとしっかり話通して診断書も出して荷造りしました。
次の日、10時の便で札幌に発って、親の出迎えで実家に帰りました。ほっとしました。調子よかったので母お手製卵雑炊食べました。本当においしかったです。
これが断食最後のご飯とはつゆ知らず…
ということで大腸カメラ編でした。当時は、彼女とLINEしながらお尻にカメラの話で一生笑ってましたが、もうそろそろ笑えなくなってきます。
筆がノリノリなのでこの後は緊急搬送編です。もう城之内死す!と同じレベルですが読んでいただけると幸いです。
また!