よくニュースなどで見かける事件。
自分が巻き込まれるわけが無い。
みんなそう思っているはずだ。
しかし、報道される事件は現実に起こっているものであり、だからこそ報道されるのだ。
現実に起きたということは、巻き込まれた人たちも現実にいるということ。
この情報化社会の中、物事の現実味というものが薄れている。
いくら、自分はそのような事件に巻き込まれても、落ち着いて対処できるとたかをくくっていても、それは単なる妄想でしかなく、現実に直面した場合は誰もが狼狽えるものだ。

そう、今僕は正にその状況である。


CASE1 今井雅司


「・・・早くしろ・・・!」
僕の名前は今井雅司。
今僕の目の前では、包丁で脅された銀行員の女性が、ボストンバッグに現金を詰め込んでいる。
この場にいる客は、僕とお婆さんだけ。
他の銀行員は刺されて倒れている。
片田舎の小さな銀行だ、行員は三人しかいなかった。男は、銀行内に入ってきたと思ったら、あっという間に二人の工員を刺した。
なにも出来なかった。
ニュースでこんな事件を見たときは、格好よく犯人を捕まえる自分を想像したものだ。
なのに、現実の空気は甘くない。
怯える行員、血に染まった制服、腰を抜かし、茫然とするお婆さん。
現実のプレッシャーというのは、肌で感じて初めて解るものだ。
足に力が入らない。
ただ呆然と立ち尽くすだけ。
「こ、これで全部です。」
金を全て詰めおわった行員の女性が、震える声でそう言った。
すると、男はボストンバッグを受け取り、何の前触れもなく、その女性の首を刺した。
突然だった。
僕は、時間が止まってしまったのではないかと思うほどの静寂を感じたが、噴き出す血の赤と、お婆さんの悲鳴で我に帰った。
男は、怯えるお婆さんの近くに恐ろしいほどの自然な足取りで近づき、お婆さんの首にも刄を突き立てた。
そして、男の顔がこちらを向き、目が合った。
近づく足音。
死。
はっきりと死を感じた。
刃がきらめき、僕は恐怖から目を閉じた。

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何も感じない。
襲ってくるはずの痛みは、いつまでたっても襲ってこない。
ただ、自分の心臓の乱れた鼓動だけが、うるさいほどに聞こえるだけだった。
僕は、おそるおそる目をあけた。

・・・・・・?

状況が全く理解できなかった。
目の前にいるはずの強盗犯の姿は無く、刺されたはずのお婆さんや銀行員の三人が、何事もなかったかのようにそこにいた。
強盗犯の男が入ってくる前の状態そのままだった。
しかし、一つだけ違うところがあった、僕とお婆さんしかいなかったはずの客が、もう一人、二十代後半くらいの男性が増えていた。
その男は、強盗犯の男という訳でもなく、普通に行員と会話をし、手続きが終わると、銀行を出て行った。
僕は、その男を追って、銀行を出た。
なぜ追いかけたのか自分でもわからない。
ただ、その男には何かある。
今さっきのあり得ない状況の理由が、何か。
そう思ったのかもしれない。
僕は、男に追いつき、話しかけた。
「すみません。」
「ん?」
振り返った男の顔は、端正で柔和な顔立ちだった。
「私になにか御用かな?」
男はそう言って立ち止まった。
「えっと、あの・・・、なんて言うか、さっき銀行に・・・いましたよね?」
「うん、いたよ。」
「その時・・・、強盗とかいませんでした?」
その質問をした途端、男の顔が曇った。
「・・・またか・・・。」
男はそう言った。
「え?・・・またってどういう事ですか?」
少し考え込み、顔を上げると、
「・・・・・・うん、ちょっと時間あるかい?」
男はそう言った。
僕は、少し戸惑ったが、男についていく事にした。
殺される直前まで味わった精神状態が、普段なら臆病になるところを、恐れずに体を動かしたのだろうか・・・。
世界は一つだ。
不可能な事だってある。
人間には限界がある。
動物には理性は無い。
動物は言葉を話さない。
人間には歴史があり、その積み重ねによって今の世界が成り立っている。
この世界の創造主は、宗教信者にとってはそれぞれの唯一神であり、それ以外の者にとっては、ビッグバンや自然現象。
その他諸々、以下省略。

そう、それらは当たり前の事。

しかし、そうではないとしたら・・・。
そうではない「それ」が全ての真理であるとしたら・・・。

この物語は、常人が聞いたら、「あり得ない」と一蹴されるだろう。
だが、「あり得ない」というのは、誰にとってなのだろうか・・・?
このページは、管理人の世界を言語化した小説を掲載しています。読者の方の世界には無い情報もあるとは思いますが、ご了承下さい。
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