先日、めずらしく天気が良かった☀️ので、久々に国立宮殿絵画美術館Milli Saraylar Resim Müzesiへ行ってきました。
この頃の鬱屈した気分、吹き飛ばしてくれるのはアート🖼かな、と思って。
ドルマバフチェ宮殿の敷地の一部で、19世紀に皇太子🤴の宮殿Veliaht Dairesiとして建てられた、建物そのものも見所です✨
ボスフォラス海峡に面した庭も、天気の良い日は気持ちいい✨
館内もとても美しいのだけど……
窓をすべて閉め切って、照明を落としているので全然見えなくてモッタイナイ‼️
撮影禁止のため、以下、館内の画像はお借りしています
建物の内装どころか、照明が暗すぎて絵画の色味がよく分からず、スポット照明が当たるところは、絵が白く反射して見にくいという…
美術品を守るためとはいえ、もう少しどうにかならんのか?と毎回ものすごくもどかしい気持ちになります
これは今より明るい展示をしていた昔の画像と思われる。内装の美しさが分かりやすい👍今は絵画の背景が黒いパネルで統一されてます。
さて、そんな薄暗い館内に展示されているのは、スルタンたち👳♀️の絵画コレクション。
歴代スルタンの肖像画や、スルタンに認められた宮廷画家たちの作品、パリのギャラリーでスルタンが買い付けさせた絵画🖼……などです。
歴代スルタンのポートレイト👳♀️は、世界史の教科書📖やwikipedia💻で使われているような有名なのが多く、歴史好きなら「ここにあったのか!」と嬉しくなるかも。
肖像画以外も、トルコではかなり有名なこれら絵画もここにあります。
展示は基本的に、画家やテーマごとに小部屋に分かれていて、
海外から招かれたお雇い外国人👱画家や、近代化のため欧州に美術留学に送られたトルコ軍人💂など、色々。
私の好きなオスマン・ハムディ・ベイOsman Hamdi Beyの部屋ももちろんあり、この有名な絵画のオリジナルが収められています。
「髪を梳かせる乙女Saçlarını Taratan Kız」
そんな画家たちの中で特別なのが、アブデゥルメジト2世Abdülmecid Efendi。
オスマン朝最後の皇太子🤴でこの宮殿の主🏰、そして最後のカリフ🕌なのですが……
※スルタンにはなっていない。
オスマン王家が輩出した唯一の画家という人物でもあります。
父王👑アブドゥルアズィズは、西洋文化や芸術を愛し、美術工芸品を収集し、芸術家を養成したスルタンだったので、父ゆずりなのでしょうかね。
上記のオスマン・ハムディ・ベイにも師事していたので、ちょっと作風似てる?と思うのもある
美術館には、彼のアトリエだった部屋が、当時のままに再現されていました。
かなり質素。絵さえ描けりゃいいっていうお人柄だったんですかね
オスマン帝国が崩壊してトルコ共和国🇹🇷となり、カリフ制が廃止されると、彼も他の皇族とともに国外追放されることに。
彼がここに残していった、たくさんの絵筆、絵の具、パレット、未完成のスケッチなども展示してあり、なんとも哀しい気持ちになります。
こういう、王座や地位を追われた人の人生って、ドラマチックで悲劇的だからつい感情移入しちゃうんですよね
追放後も絵を描きつづけられたのかな?と気になって調べたら、フランス🇫🇷に亡命し、皇女・皇子が巣立ってからは特に絵画に没頭していたそうです。
激動の時代に振り回された人生だったけれども、生涯愛した趣味がきっと心を慰めてくれた、と信じたいな……。
これまだトルコ時代の写真だと思うけど
ちなみに、彼の皇女デュッルシェフヴァルDürrüşehvar Sultanは、亡命後にインド藩王の王太子に嫁ぎ、インド女性の地位向上のために尽力したとか。
・アブドゥルメジト2世と少女の頃のデュッルシェフヴァル皇女
・嫁ぎ先のインドでサリー姿の皇女
なんかこの話、私の愛読書だった『皇女セルマの日記』と重なりますね。
著者は、あまり情報の残されていない実母でオスマン皇族セルマの流浪の人生を、こういった他の皇族たちのエピソードも参考にしながら描いたのだろうな。
すっかり感傷に浸ったあとは、宮殿内の一角を使ったステキなカフェ☕️でお茶するのもいいですね。
国立宮殿管理局が運営する博物館や美術館は、こういう歴史的な建物の中にカフェを設けてあるのが魅力です👍
私はというと……。
この国に何百年と君臨しながらも、最後は追放され、ふたたび足を踏み入れることも、死後に埋葬することすら許されなかった皇族たちに、思いを馳せたりしたのでした。
※現在はオスマン家の末裔たち、トルコに入国できていますよ