仲間たちへ

 

お久しぶりです。

 

ごめんなさい、半年間音沙汰もなかったので、心配していたことだと思います。仕事を始めて3か月が経ち、仕事にも少しは慣れてきました。一段落がついたところで、こうして君にお手紙を書いています。

 

突然ですが、もうすぐ、住み慣れたこの街を離れます。

 

振り返れば、6年間いろいろなことがありました。一番辛かったことは、アパートに鼠が住み着いて駆除に四苦八苦し、ノイローゼ気味になったことです。ネットカフェで生活をするなど本当に悩まされました。おかげでITエンジニアになろうと、希望を持ってスクールに通っていたのですが、それどころではなく挫折してしまったことです。一番楽しかったことは、障がい者就労トレーニングセンターで、障がい者として就労を果たすという、同じ目標を持った仲間と切磋琢磨して、共に歩むことが出来たことです。そして、社会の中における自分の居場所がようやく見つかって、地に足のついた人生を歩むことができている幸せを実感しています。

 

ボロボロのアパートだったけど、環境にも慣れましたし、終わってみれば「住めば都」でした。この街は閑静な住宅街の中にあって、大きな森林公園も一つあって、都会の雑踏に疲れた時に、森のシャワーを浴びて癒すことが出来ました。静かな空間を好む私にとって、本当に住みよい街でしした。

 

これからは新たな希望を持って、新しい街で生活を始めます。これまで関わってきた仲間たちに、感謝の意味を込めてありがとうございました。

 

剣崎 新次

遥か30年も前の太古の昔話だが、剣崎は立身出世の夢を追い求めて、剣崎は自身の立身出世の夢を追い求めて、東京都世田谷区で小田急沿線の梅ヶ丘駅に近い松原にある古いアパートに引っ越した。

 

彼の地元は新潟で、上越新幹線で2時間くらいかけて東京駅に到着した。26才になった剣崎にとって、これが都会に初めて巣立った最初の旅立ちの日だった。

 

「JRで渋谷まで行きたいのですが、ホームはどちらの方向になりますか?」

 

剣崎は、JRのみどりの窓口に腰を掛けて対応していた女性の案内係に電車の路線を訪ねた。

 

「あちら右手の改札を抜けまして、階段を降りたところに山手線内回りという大きな掲示板がありますので、その先の階段を下りて右手のホームになります。」

 

係員は丁寧に説明した。彼は、

 

「どうもありがとうございます。」

 

彼はお礼だけを軽くいってその場を立ち去ろうとした。だが早い時間に到着できたし、土曜日で仕事もしていなかったので、特に急ぐ必要もなかった。右も左もわからない田舎からやってきた20代の若造にとって、係員の女性はとても物腰柔らかく、世話好きなお姉さんに映ったので、まるで小さな子供が年の離れたお姉さんに甘えるかのように、彼は自分が今どんな思いでこの都会にやってきたかを少しでも気持ちを共有したくなった。

 

「実は今日、世田谷に引っ越しに来たんですよ、大した荷物も持ってなくて、いやただそれだけを言いたくて、、ありがとうございました!」

 

女性は

「そうなんですね、それはそれはすごいことですね!頑張ってください!」

 

とねぎらいの事がをかけて下さった。剣崎は東京に来て最初に声をかけたお相手が、最上のねぎらいの言葉を頂いたことに、それがたとえ社交辞令であっても、嬉しくなった。

 

「荷物はこれだけで、後は引越しで送ってあるんです!それじゃあ、ありがとう!」

 

自分の持っている荷物を指さし、みたびお礼を言った後、彼女から視線を一切外さず、満面の笑みをたたえながら、手を振り続けていた。行く先を見ずにずっと後ろを向いていたので、あふれかえる東京駅の人波にぶつかりそうになった。それからはフッと我に返り、小走りに気持ちが高揚し、心が躍り彼はそのまま駆け足で目的のホームに向かった。

 

電車を渋谷駅で乗り継ぎ、梅ヶ丘駅に到着してからも、ポケット地図を片手に、道に迷いながらも時には道行く人に案内していただいた。そして駅を降りてから1時間後、ようやく新天地の拠点にたどり着いた。入り口の塀には「宇都木荘」と書かれてあった。

 

新生活となる拠点となる部屋の中に入る。伽藍とした6畳の部屋の中、畳のイグサの香りをクンクンとかぎ、それからあおむけとなって天井を見上げ、明るい日差しが差し込む部屋の中で、剣崎はそっと耳を澄ませた。少し離れた国道で車の音が軽く響くくらいで、思ったより静かな環境だった。

 

 

しばらくして、引っ越し業者がやってきて、荷物を受け取り搬入した。一通り業者から送られてきた段ボール箱は20箱、自転車一台、組み外した三段ボックス、冷蔵庫、洗濯機などもろもろを室内に搬入し終わってほっと一息ついた。

 

剣崎は、ほっと一息つきたくて、近くの公園にある自販機まで歩き、部屋に戻り、買った缶コーヒーをゆっくり味わい、感慨に浸っていた。珈琲を飲み干すと、これからお世話になる大家さんに挨拶に伺った。大家さんは塀の隣の木造二階建てに住んでいた。門扉のインターホンを押すと、中からいかにも大家さんらしい60前後の年配の男性が出てきた。

 

「今日101号室に引っ越しに来して住むことになりました、剣崎と言います。これからお世話になります。今後ともよろしくお願いします。」

 

と大家さんに言うと、

 

「ああ、今日からでしたね。剣崎さん!こちらこそよろしくお願いしますね。何かアパートで壊れたとか、困ったことがあったら何でも相談してください。」

 

と気さくに話しかけてきて、顔合わせの挨拶を終えた。

 

剣崎は部屋に戻って、再び畳であおむけになり、天井を見つめた。これまでの人生どれだけの息苦しさ、生きづらさを感じたこととか。家族関係、職場での人間関係、地縁血縁、一切合切が苦しかった。心ここにあらず、ここではないどこかに魂がさまよい続けていた。それが今、ようやく解き放れたのだ。

 

「ああ、これで自由の身なんだ。ここから俺の人生が始まる。さあ一旗揚げてやろうか!」

 

剣崎の住んでいるアパートは月々の経費は3万円代で部屋は8畳あった。かなりの都心に住んでいるが、これだけ話すと、かなりお得な部屋を借りることが出来たと満足していた。

しかし、思わぬ落とし穴があった。コバエなどの害虫が発生すること、ネズミが侵入してきたこと、そして騒音や、生活音が良く響くことだった。ネズミは最終的に駆除業者依頼して解決できた。コバエは様子見段階だが、問題発生当初からだいぶ減ってきたようだった。ただ唯一問題だったのは、騒音だった。

思い起こせば、成人になってから様々な住居に移り住んできたが、どれも年数の古くて、隣部屋などの「騒音」はほとんど対策されていなかった。隣のスマホのアラーム音が、どの会社のアラーム音かよくわかるくらい聞こえていた。

さて、騒音問題に関しては、現状隣の一件だけが対象になっている。残念ながら、かなりの大音量のBGMを好むようで、しかも活動時間帯が超朝型vs夜型という真逆だったと思う。

 

隣人の名前は、ポストの表札では「佐々木」と記されていた。呼出ベルもないアパートの隣人を訪ね、扉の目の前までたどり着いた。それから剣崎は意を決して、コンコンコン...と相手を刺激しない程度に適度な強さでノックした。剣崎は、

「隣に住んでいます、剣崎と言います。佐々木さんいらっしゃいますでしょうか。夜分すみません。」

 

しばらくすると、リラックスの時間を邪魔された気分で不機嫌なのか、倦怠感にあふれた表情で剣崎の前に現れた。

 

「はい、、何でしょうか?」

そして剣崎は淡々と感情を押し殺して、こんな感じで伝えて提案した。

「隣の音とかうるさくないですか?壁が薄いですよね?どうもこのアパートはまるで、ベニヤ板が隣と僕の部屋の二枚だけになってるみたいで。僕は朝新聞配達をしているので、活動時間帯が違うみたいですね・・・」

 

佐々木さんはこう答えた。

「そうですよね、もう少し音大きくならないように気を付けますね。」

 

剣崎は、

「そうですね、ありがとうございます。私も気をつけます。では失礼致しました。」


隣の活動時間帯は、聞きそびれてしまったが、その後は隣の帰宅時間も起床時間も音がはっきり聞こえるので、そこは配慮することにした。隣が在宅している時に出来るだけ、大きな音を出さないよう気を付けている。隣が就寝中の時は特に大きな音を出さないよう配慮した。

壁が薄いのを差し引いても、隣は確かに大音量でBGMを響かせていたと思うし、それで睡眠に差支えが生じていたのは確かだった。静かな環境で、日常生活を送りたかったので、これは相当に理不尽な環境なのは間違いないなかった。剣崎はこの問題にずっと苛立っていた。でもそういった苛立っていた自分を、第三者的に客観視した。そして騒音自体に問題があるのではなく、壁が薄いというアパートの居室構造に問題があることを考え、隣人にクレームという形ではなく、「提案」という形で問題解決に取り組むことにした。
 

温厚なタイプな剣崎だったが、主義に反する何か理不尽なことがあると、負の感情を爆発させることもあった。時には感情のぶつけ合いは必要なこともあるだろう。でも僕らは自分たちが気づかぬところで迷惑を掛け合っているのだ。他者が嫌な思いをしていても、その嫌な思いを伝えることは難しい。思いを素直のぶつけることが他者を傷つけることになるからだ。良く言えば、それが優しさで気づかいであるとポジティブにとらえてみる。だから僕らは、お互い様の気持ちを持つ必要があるのではないかと剣崎は考えた。

大切なのは、課題解決の為の最善策を共同で考えていくことなんだ、それが社会全体に幸福の最大化をもたらす。内面的に他者に寛容な精神を持ち、出来れば嫌な顔に出さずに態度で示せる姿勢でありたい、そう剣崎は誓った。