この覚書は、ふと夜半に昨日の昼時の所感を誰かに伝えんと思いたち、些細なものながら筆を執りて本覚書を記すものである。


  その店は、大手町の駅より北に十分ほど歩いた先のビル街の一角に、印度の国旗を高々と店先を掲げていた。


昼時らしく店先には大層な行列が見えたが、それらの人々は店先にて持ち帰るべき弁当が出てくるのを待っているのだった。


  店頭に顔を出した年配の店員に呼び込まれ、店に入ってみれば昼どきながらすぐに座ることができた。昼時の混雑を避けてすぐ腰を下ろせるありがたさよ。


  量に比して値段の良心的なこともありがたいものである。一皿のサラダと、一杯のナッシー、(甘味の強い、ヨーグルトを水に溶いたやうな飲み物。同名のものながら塩気の強い味のものをペルシア料理屋にて口にしたことがあるが、どちらが主流かは論ずるだけの知識は私にはない)そして一杯のカレーと頼めば頼んだだけ出てくるナンがついて800から950円程度である。値段の多寡を決めるのはカレーの種類によるもののようであった。


   そのときに頼んだのは「ダルマサラ」なる豆を主体としてその他玉葱などを小さく刻んだもの煮込んだカレーであった。豆といえば大豆以外はよく知らぬもので、そのカレーの豆がいかなるものかは皆目見当もつかないものであったがひどく形の一定しない外見をしていた。


  しかしながら柔らかく煮られたその豆は、その外見の細工の悪さなどとるに足らぬと思わせるものであった。わずかに弾力を残しつつも、噛み潰せば豆粒の皮すら澱粉的な中身とともにこ口中にて消え去らんばかりであった。


  味は痛覚としての辛味は弱く、しかしながらいかにも異国情緒のあふれる幾種類もの香辛料が渦巻いていた。その中でも特に面白きは、甘い香り強く放ちながら舌先にて辛味を発する細い香辛料であった。外観は薄い緑で断面は白かった。この香草の一片とおぼしきものについて浅学の我が身には一つたりとも論じることのできないものであったが、それらはいずれも快いものであった。


  とかく私は煮込まれたものを好む性分があって、このカレーのように手間ないし時間をかけたとおぼしきものは実に良い味を出すものと信ずる者であるからして、その信仰にまさにこたえたる食物に見えるのはこれ非常に喜ばしきことである。


   さて、一炊の夢の故事では粟が炊けるまでに栄華を極める夢を見たそうだが、私のような小人は夜食の供の茶が沸くまでに昼餉を思い返すのがせいぜいである。


   そろそろ茶が沸いたので今宵は筆を置きたい。駄文拙文にお目通し頂いた諸兄には頭を垂れてここで失礼させていただこう。