八雲なLOG log.08『赤いマントの男』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.08『赤いマントの男』

 
 携帯の着信音が鳴り響いたのは、にわか雨が過ぎ去った夕方である。
 ディスプレイは発信者が『朝霞 真司』である事を持ち主の八雲に教えていた。
「はい、鈴木です」
『俺、俺、朝霞だ。緊急時ゆえ単刀直入に話す』
 相変わらず強引な口調だが、何か余程の事があったのだろうか? その電話から八雲はこう感じていた。
「緊急って……一体何が起こったんですか?」
『傘が暴れているんだ!』
「は?」
 八雲は唖然とした。普通に考えてあり得ない話である。
「傘って……唐傘お化けが出たわけではないですよね?」
『何を言ってるんだお前! ビニール傘だよ!』
「って、まさかビニール傘お化けって事はないでしょ?」
『そのまさかなんだよッ! 駅前通りの裏路地にいるから早く来いッ!』
 その声を最後に、電話が切れた。八雲はお湯を注いだカップラーメンを恨めしく眺めながら、白いコートを羽織り、封魔杖を手にして部屋を出た。携帯電話のディスプレイは18時10分を告げていた。


 その裏路地とは、駅前通りに対面する商店街の、文字通り裏の通りである。その入り口では、朝霞が路地の様子を伺っていた。
「来たか八雲」
 朝霞は八雲の姿を確認し、親指で路地裏の方を指す。八雲は建物の陰に隠れながら指された方を覗き込むと、彼の視界に異様な光景が飛び込んできた。
 それは一本足で飛び回る唐傘……いや、ビニール傘だった。しかもが激しく飛び回っており、迂闊に近づけば大怪我は免れない。
 驚く八雲に、朝霞が口を開く。
「な、百聞は一見にしかずだ。こいつの仕業で通行人2人と、近くにいた警官が1人病院送りになった」
「確かに、見たところ人間に対して深い恨みを持っているかのようにも見えます」
 嘲笑うかのようにその傘は飛び回っていた。
「……イルネ、いるの?」
 八雲は声を潜め、イルネを呼んだ。
『……苦しい駄洒落で呼ばないでよ。さっきからいるわよ』
「あいつ、説得できるか?」
 暴れまわる傘に目で合図を送りながら、八雲がイルネに問う。
『……無理ね。どうやら人間に忘れられた恨みが深く、純粋に人間を恨んでいるみたいよ』
「ま、雨の日は傘の忘れ物が特に多いからなぁ」
 朝霞が苦笑する。どうやらイルネの声は朝霞にも届いているらしい。
 通常、レベル2不条理体の基となる『思念体』の声は、実体化しない限りその思念体と『波長』の合った人間しか届かない。例外として、八雲のように封魔師との鍛錬を積み『波長』を自在に変えられる者はいかなる思念体との交信が可能だ。どうやら朝霞の場合、イルネとの『波長』が偶然合うのだろう。
『どうするの? 八雲』
「……どうするって……説得がダメなら行くしかないでしょう!」
 そう言うと八雲は杖を手にし、路地裏へ乗り出した。
「それでこそ八雲だ。援護するぜッ!」
 笑いながら懐から拳銃を取り出す朝霞。それを見てイルネが慌てて朝霞をこう制する。
『ダメダメダメ!! どう考えても跳弾しちゃうわよ! 弾が当たったら八雲死んじゃうよぉ!!』


 八雲の存在に気付き、傘のお化けが動きを止める。
 杖を右手に持ち、白いコートをなびかせて、八雲が傘お化けの前に立ちはだかる。
『誰だお前!』
「……封魔師、鈴木 八雲。忘却されし哀れな物よ、暴れるのを止めればそれでよし。さもなくば……」
 杖を傘お化けの方に突き付け、更に八雲が続ける。
「お前を封印する!」
『面白い! 俺を忘れて帰る人間には恨みが深いんだ! 人間の封魔師八雲とやら、戦うつもりなら、この『忘却のビニル』が相手になってやるぜ!』
 全力で八雲目掛けて跳ねる傘お化け『忘却のビニル』!
 それを杖で弾く八雲!!
『やるな八雲!』
「こいつ……強い!」
 向かい合う八雲とビニル!
 再び激しい打ち合いが起こると言う、まさにその時である! 

「ハーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
 路地裏に響き渡る謎の高笑い! だが、その場にいるのは八雲とビニル、そして路地裏の入り口には朝霞とイルネ。だがその高笑いの主は誰でもなさそうである。
「どこだ!?」
 周囲を見渡す八雲。だが次の瞬間である!
「何処を見ている! ここにいるッ!」
 その声は上から聞えてきた! その場にいた全員が、声の方を見上げた!

 その男は電柱の上に立っていた!
 腕を組み、赤いマントをなびかせ、逆立てた髪型に目にはゴーグルタイプのサングラス。その口元には不敵な笑みを浮かべていた!
 やがて、赤いマントの男の口が開く。
「……名乗っておこうか。俺様は……『G』!」
「『G』ぃ!?」
 そう、彼は『G(じー)』と名乗った! 唖然とする八雲たちの眼前で、Gは威風堂々と立っていた!
 そして!
「とうっ!!」
 Gが飛んだ!
 そして膝を抱え回転しながら落下し………。


 八雲の前に頭から降り立った、と言うより地面に激突した!


 地面にうつ伏せに倒れこんでいるGを、哀れそうに眺めるビニル。
 その背後に歩いて回り込む八雲。
「あ、悪いけど先に封じさせてもらうよ」
『あ”!?』
 八雲は唖然としているビニルに杖を突きたて、瞬時にビニルを『封魔』した。


『……あの……緊迫感とか、スリルとか、アクションとか、みんな吹き飛んじゃったような気がするんですけど……』
「それよりも、微妙に卑怯な勝ち方してないか、八雲」


 八雲はビニルの封魔を確認すると、倒れているGの方を振り向いた。危険が去ったのを知り、朝霞も八雲の方に向かう。
「で、どうすんだコレ?」
「ん~、とりあえず救急車でも呼んでおきます?」
 その時、倒れていたはずのGが勢い良く体を起こす!
 驚く八雲の前で、Gが口を開く。
「……っ、あいつなかなかやるな! この俺様にダメージを食らわせるとはな!」
「いや、どう見ても自滅だ自滅」
「と、言うかあの高さから落ちて無事なのが信じられないんだけど……」
 あまりの頑丈さに目を丸くする八雲に、彼はこう語りかける。
「お前が、封魔師の鈴木か」
「……そうだけど? 君は?」
「何度も言わすな。俺様は『G』だ!」
 胸を張ってそう言い張るG。その時、実体化したイルネが二人から少し離れた場所で何かを見つけた。それは運転免許証らしきものであった。
「……あれ? この免許証その人のでしょ? これ、名前が『山田 均(やまだ ひとし)』って書いてあるけど……」
 それを聞いたGは、急に慌てた表情を見せ、こう答える。
「ああっ! その名前で呼ぶな! 俺は『G』だ! 山田って呼ぶな!」
「あのな、その名前をどう略せば『G』って出て来るんだよ」
 彼の言動に、八雲、朝霞、イルネはただ呆れるしかなかった。


 G……山田は立ち上がり、八雲にこう告げる。
「いいか鈴木、今日のところはお前の勝ちにしてやる。だが、二つ覚えておけ。まずは、『不条理体』と戦うことを生業としている奴は、お前だけじゃないって事を!」
 その時、八雲は彼が『同業者』である事を感じた。だが、彼からはそのような雰囲気を微塵に感じない。ただ、赤いマントと言う異様な容姿だけが、彼も普通の人間ではない事を証明していた。
 更に山田は続ける。
「そしてもう一つ! お前には絶対勝てない奴が存在するって事だ!」
 そう吐き捨てると、山田は踵を返し、
「さらばだ!」
 と叫ぶとその場を勢い良く走り去った。

「……それで、何しに来たんだ?」
 その後姿を見ながら朝霞は呟いていた。だが、その隣で八雲は山田の言葉を反芻していた。
(……奴は一体? 同業者で『赤』をシンボルにする者と言えば……? それに、勝てない敵? それは……まさか? )


 かくして、傘お化け騒動は終わった。が、それは八雲に様々な、しかもあらゆる意味で謎を残した。


 その夜。
 中田 麻美は自分の部屋のベッドで、既に眠りの中にいた。
 それは突然、部屋の中に現れた。
 空間を捻じ曲げたかのように突如、大きな獣のようなものが出現した!
 その獣は眠っている麻美の顔を覗き込み、赤い舌をなめずり始めた……!!


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 なんだか傍迷惑な奴登場です。(笑)


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 《おまけ》

 不条理体コレクション:6

 『忘却のビニル』

 種別  :レベル2不条理体
 カテゴリ:物質思念型
 形態  :350円のビニール傘
 能力  :突進

 

 昔が唐傘なら、今はビニール傘。

 人間を恨んでいるが、実は意外と正々堂々!

 強いらしいが、気を取られている隙に封じられた困ったやつ。
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